肺線維症における新規治療標的候補となるRNA分解酵素Regnase-1を同定

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2型自然リンパ球の機能制御を介した病態の解明

2020-10-12 京都大学,日本医療研究開発機構

概要

京都大学大学院医学研究科竹内理教授らの研究グループは、RNA分解酵素であるRegnase-11)が、2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cells:ILC2)2)の機能を制御することにより、肺の線維化を抑制していることを見出しました。

肺線維症は慢性的な経過で肺の線維化が進行する病気であり、代表的な疾患である特発性肺線維症は発症後の生存期間中央値が3~4年とされています。現在、線維化の進行を防ぐために抗線維化薬などによる治療が行われていますが、その効果は限定的であり、新たな治療法が求められています。

本研究では、RNA分解酵素の一種であるRegnase-1に着目し、この分子が関連するヒトの病気について探索しました。その結果、Regnase-1は肺において、ILC2と呼ばれる免疫細胞の中でメッセンジャーRNAを分解し、ILC2の数や活性化を調節していることを見出しました。また、ILC2に発現するRegnase-1は肺線維症の増悪を防ぐ機能を持つことが明らかになりました。今後、ILC2におけるRegnase-1の発現量や機能を制御することで、肺線維症の新規治療法につながる可能性があると考えています。

本研究成果は、2020年9月25日に国際学術誌「European Respiratory Journal」にオンライン掲載されました。

背景

肺線維症は、肺が線維化を起こすことにより硬く膨らみにくくなる病気です。粉じんの吸入や、関節リウマチなどの膠原病が原因になることもありますが、原因が不明であるもの(特発性)も多く見られます。特に特発性肺線維症の診断後生存期間中央値は3~4年と、多くの癌腫よりも予後不良な疾患ですが、その病態には不明な点が多く、治療法も限られているのが現状です。

2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cells:ILC2)は、近年新しく発見されたリンパ球の一種で、インターロイキン(IL)-5やIL-13などのサイトカイン(生理活性タンパク質)を多量に産生することで、アレルギー性疾患の発症・増悪に寄与することが知られています。呼吸器疾患では特に喘息の病態と強く関連することが示されていますが、他の呼吸器疾患におけるILC2の役割や、その機能を制御するメカニズムについては、十分には分かっていませんでした。

Regnase-1は、DNAから転写され作られるメッセンジャーRNA(mRNA)を分解する酵素です。これまでにRegnase-1はIL-6やケモカイン(血管から炎症組織への白血球の遊走を制御するサイトカインの一種)であるCXCL1など炎症に関連する分子のmRNAを分解することにより、過剰な炎症応答を抑制することが示されてきました。一方、Regnase-1を欠損するマウスは、特に肺において強い炎症性疾患を自然発症し、様々な炎症細胞の浸潤を認めることが報告されていますが、どのような細胞の増加に直接的に寄与しているのか、またヒトの疾患にどのように関わるのかという点についてはほとんど報告がありませんでした。

そこで本研究では、Regnase-1欠損マウスを用いて、Regnase-1によって強く制御を受けている肺の細胞が何であるのか、それがヒトの疾患といかに関わるのかを検討しました。

研究手法・成果

まず、マウスに対して、野生型の骨髄細胞とRegnase-1欠損骨髄細胞を混合して移植する競合的骨髄移植3)という方法を用いて、Regnase-1欠損により特徴的に増加する細胞の種類を検討したところ、肺では特にILC2の著明な増加を認めました。そこで、本研究では特にILC2に着目して検討を進めることとしました。肺からILC2を単離し、培養した結果、Regnase-1を欠損するILC2の細胞の増加はICOS(Inducible T Cell Costimulator)4)と呼ばれる細胞増殖に関わる分子の発現が上昇することによる可能性が示唆されました。また、Regnase-1を欠損したILC2は、炎症を惹起する機能を有するILC2で高発現するKLRG15)という分子の発現が亢進することなど、細胞の活性化を示唆する特徴を有しており、実際にIL-13などのILC2に特徴的なサイトカインの産生が亢進していることも明らかとなりました。したがって、Regnase-1はILC2の活性化や増殖を抑制する機能をもつと考えられました。

次に、Regnase-1欠損ILC2とコントロールILC2の遺伝子発現を比較し、Regnase-1欠損ILC2において発現が亢進している遺伝子群がどのような疾患と関わるのか、バイオインフォマティクスによる分析(生物情報学的な分析)を行いました。すると、気管支喘息などILC2との関連性がこれまで報告されている疾患に加えて、特に肺線維症との強い関連性が認められました。そこで、Regnase-1欠損マウスと野生型マウスからILC2を単離・培養して、組織の線維化を起こすことが知られているブレオマイシン6)という薬剤を投与して肺線維症を誘導したマウスに移植しました。その結果、Regnase-1欠損ILC2を移植したマウスでは肺線維症の程度が増強することが示され、Regnase-1欠損ILC2は線維化を促進する機能を有することが分かりました。さらにRegnase-1がGATA3(GATA Binding Protein 3)やEGR-1(Early growth response protein 1)という転写因子7)の発現量を調節し、線維化促進機能を制御する可能性も示唆されました。つまり、ILC2に発現するRegnase-1は、mRNAを分解することで、マウスにおいて肺線維症の発症を抑制することが明らかとなりました(図)。

肺線維症における新規治療標的候補となるRNA分解酵素Regnase-1を同定
図 Regnase-1によるILC2の線維化促進機能の制御

次に、ILC2に発現するRegnase-1とヒト肺線維症との関連を解析しました。京都大学医学部附属病院で過去に収集された特発性肺線維症患者由来の細胞を用いて検討したところ、気管支肺胞洗浄液中のILC2の数と、Regnase-1の発現量との間に有意な負の相関を認めました。これはRegnase-1の発現量が減ると、ILC2が多くなるということなので、Regnase-1欠損マウスの肺でILC2が増えるという所見に合致すると考えられました。さらに、血液中のILC2数が多い特発性肺線維症患者では、有意に生存期間が短いことが明らかとなりました。

波及効果、今後の予定

本研究では、Regnase-1が肺におけるILC2の増殖と活性化を抑制し、特にILC2の線維化促進作用を強く制御することを明らかにしました。さらに、ヒト検体を用いた検討により、特発性肺線維症患者においても、Regnase-1を介したILC2の機能制御機構が、その臨床経過に影響を及ぼしている可能性が示唆されました。

組織の線維化は、上皮細胞や線維芽細胞、血球系の免疫細胞が複雑に作用し合って形作られる病態です。その代表的な疾患である肺線維症について、ILC2の関与を基礎実験と臨床データの両方を用いて示したのは本研究が初めてです。また、ILC2の線維化促進作用を制御するメカニズムもこれまでに報告がなかったので、全く新しい知見です。

今後は、Regnase-1の発現量や機能を薬剤的に制御する手法を開発するとともに、それをILC2に効率的にデリバリーする方法についても検討を進め、特発性肺線維症の新規治療につなげていきたいと考えています。また、本研究の成果をもとにして、肝硬変や腎硬化症など、他部位の線維化でもRegnase-1を介した線維化制御機構が存在するのかという研究が広がる可能性があります。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業ステップタイプ(FORCE)における研究開発課題「RNA結合蛋白質のヒト炎症性疾患への関連性解明とその制御法開発」(研究開発代表者:竹内理)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤(S)18H05278(研究開発代表者:竹内理)、日本学術振興会科学研究費補助金研究活動スタート支援18H06221(研究代表者:中塚賀也)の一環で行われました。

本研究は、大阪大学、兵庫医科大学、理化学研究所、東京大学と共同で行ったものです。

論文タイトルと著者
タイトル
Profibrotic function of pulmonary group 2 innate lymphoid cells is controlled by Regnase-1(肺における2型自然リンパ球の線維化促進作用はRegnase-1によって制御される)
著者
Yoshinari Nakatsuka, Ai Yaku, Tomohiro Handa, Alexis Vandenbon, Yuki Hikichi, Yasutaka Motomura, Ayuko Sato, Masanori Yoshinaga, Kiminobu Tanizawa, Kizuku Watanabe, Toyohiro Hirai, Kazuo Chin, Yutaka Suzuki, Takuya Uehata, Takashi Mino, Tohru Tsujimura, Kazuyo Moro, and Osamu Takeuchi
掲載誌
European Respiratory Journal
DOI
10.1183/13993003.00018-2020
用語説明
1)Regnase-1
細胞内に存在するタンパク質で、DNAから転写され作られるメッセンジャーRNA(mRNA)を分解する酵素としてはたらく。Regnase-1はIL-6やCXCL1など炎症に関連する分子のmRNAの特徴を認識して分解することにより、炎症応答を抑制する。つまり、Regnase-1は、いわゆる免疫のブレーキ役として機能する。
2)2型自然リンパ球(Group 2 innate lymphoid cells:ILC2)
近年新しく発見されたリンパ球の一種。肺や腸管、脂肪組織など全身の多くの臓器に存在する。インターロイキン(IL)-5やIL-13などのサイトカイン(生理活性タンパク質)を多量に産生する能力を持つ。寄生虫感染に対する防御や、アレルギー性疾患の発症・増悪に寄与することが知られている。
3)競合的骨髄移植
免疫細胞は骨髄において幹細胞、前駆細胞から作られる。骨髄移植は他者の骨髄細胞に置き換える方法であるが、その際に複数のドナー個体の骨髄細胞を1匹のマウス(レシピエント)に同時に(競合的に)移植することで、ドナー個体由来骨髄細胞の性質を調べる。
4)ICOS(Inducible T Cell Costimulator)
ILC2など免疫細胞の表面に発現する活性化受容体の1つである。ILC2や他のリンパ球の活性化と生存を促進する。
5)KLRG1(killer cell lectin-like receptor G1)
ILC2など免疫細胞の表面に発現する分子。ILC2の活性化に伴いKLRG1の細胞表面での発現が高まることが報告されている。
6)ブレオマイシン肺線維症マウスモデル
ブレオマイシンという薬剤をマウスに経気道投与すると数週間後に肺線維症を発症する。マウス肺線維症モデルとして頻繁に使用される。
7)転写因子
DNAに結合し、メッセンジャーRNAの転写を制御するタンパク質。多くの種類の転写因子が存在し、それぞれ異なるメッセンジャーRNAの転写を制御する。GATA3(GATA Binding Protein 3)やEGR-1(Early growth response protein 1)も転写因子の一種であり、線維化にかかわるメッセンジャーRNAの転写を促進する。GATA3やEGR-1タンパク質もまたメッセンジャーRNAから作られる。
お問い合わせ先

京都大学大学院医学研究科・教授
竹内理(たけうちおさむ)

AMED事業に関するお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

医療・健康細胞遺伝子工学
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