大規模ゲノム解析から遅発性アルツハイマー病(LOAD)には2つのサブタイプが存在する可能性を報告

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2023-07-12 国立長寿医療研究センター,広島大学

【研究成果のポイント】

  • 日本人におけるLOADにはサブタイプが存在することを発見
  • 免疫・腎機能に関連する遺伝子がLOAD発症に関与する可能性を示唆
  • LOADの病態メカニズムの解明・治療薬開発につながる可能性に期待

【概要】

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典。以下「国立長寿医療研究センター」)研究所バイオインフォマティクス研究部の重水大智研究部長らの研究グループ※は、遅発性アルツハイマー病(Late-onset Alzheimer’s disease, 以下「LOAD」)の大規模ゲノム配列解析を行い、LOADには2つの異なるサブタイプが存在する可能性を見出しました。さらに、国立長寿医療研究センターのバイオバンクが保有する7,000人を超える日本人のゲノムデータを用い、サブタイプ別の高精度な発症予測モデルを開発しました。今回の成果は、LOADの発症メカニズムの解明や病型鑑別に資するものであり、LOADのゲノム医療の進展や治療法開発にもつながるものと期待されます。

この研究成果は、精神医学分野の国際専門誌「Translational Psychiatry」に、2023年6月29日付で掲載されました。

なお本研究は、AMED、科研費(日本学術振興会科学研究費助成事業)、長寿医療研究開発費より支援されたほか、長寿科学振興財団、中京長寿医療研究推進財団、堀科学芸術振興財団、厚生労働科学研究費補助金からの助成を受けて行われました。

研究グループ

国立長寿医療研究センター研究所
メディカルゲノムセンター
バイオインフォマティクス研究部
研究部長 重水 大智(しげみず だいち)
研究員  菅沼 睦美(すがぬま むつみ)

オミクスデータ統合解析室
研究員 秋山真太郎(あきやま しんたろう)
研究員 山川 明子(やまかわ あきこ)

センター長/疾患ゲノム研究部長 尾崎 浩一(おざき こういち)

研究推進基盤センター
センター長 新飯田俊平(にいだ しゅんぺい)

広島大学大学院医学系科学研究科 循環器内科学
教授/循環器内科長/心不全センター長 中野由紀子(なかの ゆきこ)
大学院生 古谷 元樹(ふるたに もとき)

【研究の背景】

LOADは高齢者でもっとも多く見られる認知症であり、環境因子や遺伝因子が複雑に関わり発症すると考えられています。遺伝因子のLOAD発症寄与率は60〜80%と推定されており、病因と病態進行にかかわる遺伝因子が多数存在することが明らかになりつつあります。LOADでは、患者間でその症状や病態が異なることも知られており、この多様性はLOADの背景にある遺伝因子の違いを暗示している可能性があります。これまでにMRI画像のデータからLOADサブタイプの分類を行った研究が散見されますが、遺伝因子の側面から研究した報告はありませんでした。LOADのサブタイプを遺伝的側面から明らかにできれば、この疾患の病態理解がさらに進むと考えられます。

【研究成果の内容】

研究グループは、国立長寿医療研究センターバイオバンクに登録されているLOAD患者1,947人と認知機能正常高齢者(Cognitively normal: CN)2,192人のゲノム配列データを用い、エナジーランドスケープ解析(※1)を行い、LOAD患者が遺伝的に2つのタイプに分類されることを見出しました(図1)。それぞれのタイプについて遺伝子の特徴を調べたところ、タイプⅠは疾患関連遺伝子としてLOAD発症のAPOE関連遺伝子と免疫関連遺伝子(RELB, CBLC)によって特徴づけられていることがわかりました。一方、タイプⅡは腎機能障害に関連する遺伝子(AXDND1, FBP1, MIR2278)によって特徴づけられていました。

図1 エナジーランドスケープ解析から得られた非連結グラフ

1.エナジーランドスケープ解析から得られた非連結グラフ(※2)
(a)三次元による視覚化(b)二次元による視覚化


後者の腎機能障害との関連を評価するため、臨床情報から血液検査で得られたクレアチニン、シスタチンC、推定糸球体濾過量(eGFR)、アルブミンおよびヘモグロビンについて検討を行いました。その結果、腎機能障害関連遺伝子によって特徴づけられているタイプⅡでは、アルブミン値とヘモグロビン値がともにLOAD患者で有意に低下していることが確認されました(図2)。

図2 血液検査から得られた腎機能障害関連項目の比較

2.血液検査から得られた腎機能障害関連項目の比較
(左:アルブミン、右:ヘモグロビン)

次に、深層学習の手法の一つであるニューラルネットワーク(※3)を用いたLOADのサブタイプ分類を考慮した発症予測モデルの開発を行いました(図3)。まず、4,137人の学習セットに対して予測モデルの構築を行い、3,145人のテストセットを用いて予測能評価を行いました。その結果、学習セットに対する予測精度は0.694(2870/4137)、テストセットに対する予測精度は0.687(2162/3145)と、ともに比較的高い予測能を示す疾患発症予測モデルの開発に成功しました。

図3 LOAD分類疾患発症予測モデルに用いられた深層ニューラルネットワーク

3.LOAD分類疾患発症予測モデルに用いられた深層ニューラルネットワーク

【研究成果の意義】

今回の大規模ゲノム配列データ解析では日本人LOADには遺伝的背景が異なる2つのサブタイプが存在することが明らかになりました。エナジーランドスケープ解析では数万人規模のデータ解析でより真価を発揮することが期待され、データ数の蓄積が進むことで、さらに異なるサブタイプの存在が見えてくると考えられます。今回の成果は複雑な病態を示すアルツハイマー型認知症の病態解明の本筋に一石を投じる成果と考えられます。また現時点でも、症例が少なくとも2つのタイプに判別することで、新たな予防法、治療法の選択に貢献することが期待されます。

【論文情報】

掲載誌: Translational Psychiatry
著者: Daichi Shigemizu, Shintaro Akiyama, Mutsumi Suganuma, Motoki Furutani, Akiko Yamakawa, Yukiko Nakano, Kouichi Ozaki, and Shumpei Niida
論文タイトル: Classification and deep-learning–based prediction of Alzheimer disease subtypes by using genomic data
DOI: 10.1038/s41398-023-02531-1

【用語解説】

※1 エナジーランドスケープ解析
多次元で複雑なデータを低次元での動きに読み直し、エネルギー地形に見立てて粗視化(Coarse-Graining; CG)する解析手法。

※2 非連結グラフ
グラフ上の任意の2頂点間に道が存在する場合が連結グラフですが、道が存在しない場合が非連結グラフです。

※3 ニューラルネットワーク
もっとも広く利用されている深層学習モデルで、脳の神経回路の構造を数学的に表現した手法です。入力層、出力層、中間層(隠れ層とも呼ばれる、入力層と出力層の間にある層)の3つの層から構成されます。

リリースの内容に関するお問い合わせ

報道に関すること
国立長寿医療研究センター 総務部総務課
広報担当 伊藤 大佑

研究に関すること
国立長寿医療研究センター 研究所
メディカルゲノムセンター 重水 大智

研究推進基盤センター 新飯田俊平

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