再生能力は形態形成不全をも回復させる 〜イモリが持つ「超再生力」〜

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2024-03-07 基礎生物学研究所

イモリなどの有尾両生類は、失われたり傷ついたりした組織や器官を元通りに修復する、非常に高い器官再生能力を持っています。今回、基礎生物学研究所 超階層生物学センターの鈴木賢一特任准教授ら、カリフォルニア工科大学の鈴木美有紀HFSPフェローとMarianne E. Bronner教授らの研究チームは、先天的形成不全になっているイベリアトゲイモリの後肢が、切断による再生により完全回復することを発見しました。研究チームが「超再生現象」と呼ぶこの現象の発見により、組織や器官を形成する通常の「発生プログラム」とは異なった、特別な「再生プログラム」の存在が示唆されました。本研究の成果は、有尾両生類の高い器官再生能力のメカニズムの解明に迫るための大きなヒントやモデルとなり、今後の再生医療研究への貢献が期待されます。本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に日本時間2024年3月6日にオンライン掲載されました。

【本研究成果のポイント】
1. イモリは、再生により先天的形成不全の後肢を完全回復することを発見しました。「超再生現象」と呼ぶこの現象において、組織や器官を形成する通常の「発生プログラム」とは異なった、特別な「再生プログラム」の存在が示唆されました。
2. 本研究の成果は、有尾両生類の高い器官再生能力のメカニズムの解明に迫るための大きなヒントやモデルとなり、今後の再生医療研究への貢献が期待されます。

【研究の背景】
有尾両生類であるアホロートルやイモリは、失われたり傷ついたりした組織や器官を元通りに修復する、非常に高い器官再生能力を持っています。この再生能力の秘密を解明すれば、ヒトの傷ついた組織を治療し、試験管内で人工器官を作り出すための重要なヒントが得られるはずです。現在、世界中では多くの生命科学者が有尾両生類の再生能力を解明しようと研究しています。しかしながら、その秘密は未だ謎に包まれています。

【研究の成果】
今回、基礎生物学研究所・超階層生物学センターの鈴木賢一特任准教授ら、カリフォルニア工科大学の鈴木美有紀HFSPフェローとMarianne E. Bronner教授らの研究チームは、イベリアトゲイモリ#1において先天的形成不全になっている器官が再生能力により完全に機能や形態を回復する「超再生現象」を発見しました。まず研究チームはゲノム編集技術#2を用いて、脊椎動物の器官発生に重要な形態形成遺伝子#3の一つであるFGF10#4遺伝子を破壊したイモリを作出しました。他の脊椎動物におけるFGF10遺伝子変異体と同じように四肢形成不全が確認されました(図1A)。驚くべきことに、この形成不全の後肢を外科処置(切断)すると、機能的にも形態的にも正常な後肢が再生されることを新たに発見しました(図1B)。この超再生現象(回復)は遺伝子発現レベルでも確認されました。これらの結果から、イモリは組織や器官を形成する発生遺伝子プログラム#2とは別のプログラム「再生遺伝子プログラム」を有している可能性が示唆されました(図2)。
fig1.jpg図1. A)FGF10遺伝子を破壊したイモリ個体。後肢が形成不全となっている。(膝から上が形成不全)。B)超再生したイモリ個体。右が処置していない後肢、左が外科処置した後肢。本来形態形成不全に陥っている左後肢が、超再生現象により指まで完全に正常な後肢へと回復している。
fig2.jpg

図2. 超再生現象における「発生遺伝子プログラム」と「再生遺伝子プログラム」の概念図。

【今後の展開】
形態形成不全ですら、正常な組織や器官へと完全回復させる「超再生現象」の存在が明らかになったことにより、イモリやアホロートルを用いた器官再生研究はいよいよ本質へと迫っていくことが期待されます。特に、イベリアトゲイモリはゲノム情報も整備されつつあり、ゲノム編集効率が非常に高いので、イモリの器官再生能力に関与する遺伝子や病気に関与する遺伝子を個体レベルで迅速かつ簡便に解析することが可能です。今後、この超再生現象の鍵となる「再生遺伝子プログラム」の詳細な解析が進み、その結果から得られた知見は再生医療研究への大きな貢献が期待されます。

【語句説明】
#1 ゲノム編集技術
CRISPR/Cas9に代表される人工DNA切断酵素によってゲノムDNAにDNA二本鎖切断を誘導した際に、その修復過程において標的遺伝子への欠失や挿入変異を挿入し、遺伝子の機能を破壊したり改変したりする技術。
#2 イベリアトゲイモリ
イベリア半島原産のイモリの一種で学名はPleurodeles waltl。飼育が容易で、一年以内に性成熟(卵や精子を作ることができる雄雌個体になること)し、ホルモン注射により一年中受精卵を得ることが可能な動物である。広島大学両生類研究センターのナショナルバイオリソースプロジェクトより入手可能な新規モデル動物である。ヨーロッパおよび日本の研究グループによりゲノム解読が進んでおり、現在ではゲノムDNA上の全遺伝子情報を誰でも簡単に調べることができる。
#4 形態形成/形態形成遺伝子
形態形成とは生物個体の発生過程において、体の組織や器官(手や肺や脳など)が形成される現象のことである。形態形成遺伝子は形態形成において特定の機能や役割を果たす遺伝子のことを意味する。したがって、形態形成遺伝子の異常は組織や器官の形成不全、機能不全、疾患、腫瘍の原因となる。有名な例としてHox、Wnt、Shh遺伝子などがある。
#4 FGF10(繊維芽細胞増殖因子、Fibroblast Growth Factorの略)遺伝子
四肢や肺の発生において必須の増殖因子の一つであり、有名な形態形成遺伝子の一つ。四肢脊椎動物において、この遺伝子が破壊されると四肢や肺が形成されない。
#4遺伝子プログラム
遺伝子プログラムは、それぞれの組織や器官が形成される際に形態形成遺伝子群がどのようなタイミングで、どの場所で、どの組み合わせで誘導されるかというプログラムのことを指す。

【論文情報】
掲載誌:
米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)Vol. 121(11) e2314911121, 2024
タイトル:
“Fgf10 mutant newts regenerate normal hindlimbs despite severe developmental defects”
著者名:
Miyuki Suzuki1, Akinori Okumura2, Akane Chihara2, Yuki Shibata2, Tetsuya Endo3, Machiko Teramoto2, Kiyokazu Agata2, Marianne E. Bronner*1, Ken-ichi T. Suzuki*2
所属: 1. カリフォルニア工科大学、2. 基礎生物学研究所 3. 愛知学院大学
*は責任著者
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2314911121

【研究チーム】
基礎生物学研究所 超階層生物学センターの鈴木賢一特任准教授らと、カリフォルニア工科大学の鈴木美有紀HFSPフェロー、Marianne E Bronner教授らによる国際共同研究チームによる研究成果。

【研究サポート】
本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業 (JST-CREST: JPMJCR2025to KTS)、文部科学省・科学研究費助成事業(KAKENHI: JP21H03829 to KTS;17J04796 to MS)およびヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP Fellowship: LT0009/2022-L to MS)のサポートを受けて実施されました。

【お問い合わせ先】
基礎生物学研究所 超階層生物学センター 新規モデル生物開発室
特任准教授 鈴木 賢一(すずき けんいち)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

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