環形動物も大きな音を鳴らすことを発見~キムラハナカゴオトヒメゴカイのマウスアタック~

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2019-07-09 京都大学

後藤龍太郎 フィールド科学教育研究センター助教、平林勲 串本海中公園主任学芸員、A. Richard Palmer アルバータ大学教授らの研究グループは、環形動物の1種であるキムラハナカゴオトヒメゴカイが、口を寄せ合って行う特異な種内闘争(マウスファイティング)の際、口吻で相手を弾き飛ばす高速攻撃(マウスアタック)とともに単発の大きな音を出すことを発見しました。
海生哺乳類をはじめ、魚類や甲殻類など、水中で大きな音を出す動物は数多く知られています。しかし、環形動物などの体の大部分が柔らかい構造からなる無脊椎動物では、これまで音を出すものは知られていませんでした。
キムラハナカゴオトヒメゴカイの生成した音は、水中での音圧レベルは最大で、157デシベル(dB)re1µPa@1mにもおよび、周波数は6.9キロヘルツ(kHz)付近をピークとして、90kHz以上まで幅広い値を示しました。さらに、マウスアタックの際に急速に膨らむ咽頭の形態変化とその筋構造から、音が生成されるメカニズムについても推察しました。
本研究成果は、これまで音を出さない(出せない)と考えられていた柔らかい無脊椎動物であっても、瞬間的に大きな水中音を出せることを初めて示した点において意義深く、無脊椎動物における発音の役割やメカニズムの解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2019年7月9日に、国際学術誌「Current Biology」のオンライン版に掲載されました。

図:キムラハナカゴオトヒメゴカイのマウスファイティング。体前半部の透けて白く見えている部分が咽頭と呼ばれる器官。

詳しい研究内容について

環形動物も大きな音を鳴らすことを発見
―キムラハナカゴオトヒメゴカイのマウスアタック―

概要
海生哺乳類をはじめ、魚類や甲殻類など、水中で大きな音を出す動物は数多く知られています。しかしなが ら、環形動物などの体の大部分が柔らかい構造からなる無脊椎動物では、これまで音を出すものは知られてい ませんでした。今回、京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所 後藤龍太郎 助教、串本海中 公園 平林勲 主任学芸員、アルバータ大学生物科学科 バンフィールド臨海実験所 A. Richard Palmer 教授ら の研究グループは、環形動物の1種キムラハナカゴオトヒメゴカイが、口を寄せ合って行う特異な種内闘争 (マ ウスファイティング)の際、口吻で相手を弾き飛ばす高速攻撃( マウスアタック)とともに単発の大きな音を 出すことを発見しました。水中での音圧レベルは最大で、157 デシベル dB)re 1 µPa @ 1 m にもおよび、 周波数は 6.9 キロヘルツ kHz)付近をピークとして、90 kHz 以上まで幅広い値を示しました。さらに、マウ スアタックの際に急速に膨らむ咽頭の形態変化とその筋構造から、音が生成されるメカニズムについても推察 しました。本発見は、これまで音を出さない 出せない)と考えられていた柔らかい無脊椎動物であっても、 瞬間的に大きな水中音を出せることを初めて示した点で極めて意義深いといえます。
本研究成果は、2019 年 7 月 9 日に米国の国際学術誌「Current Biology」にオンライン掲載されました。


図 1. キムラハナカゴオトヒメゴカイのマウスファイティング.
体前半部の透けて白く見えている部分が咽頭と呼ばれる器官.

1.背景
水中では、クジラやイルカといった海生哺乳類、多くの魚類、イセエビやテッポウエビなどの甲殻類をはじ め、音を出す動物が数多く知られています。一方、環形動物などの体の大部分が柔らかい構造からなる動物で は、大きな水中音を出すことができる生物は知られていませんでした。
キムラハナカゴオトヒメゴカイ Leocratides kimuraorum 環形動物:オトヒメゴカイ科)は、体長約2セ ンチメートルの多毛類で、体の前端部についた丸い口と、半透明の体から生える長い触手が特徴的です。日本 の太平洋沿岸に生息し、タコアシカイメン科の海綿内で暮らす習性を持ちます。我々は、本種が種内闘争の際 に発音することに気づき、生成される音の定量的評価と発音が起こるメカニズムの検証に取り組みました。

2.研究手法・成果
本研究の過程で明らかになったことですが、キムラハナカゴオトヒメゴカイは、同種の他個体と遭遇する と、お互いに口を寄せ合う特異な種内闘争 (マウスファイティング)を行います。その際に、一方、あるい は相互に口吻を瞬間的に突出させ相手を弾き飛ばす攻撃行動 (マウスアタック)を行います。この攻撃と同 時に、単発の大きな水中音が鳴ることを水槽内での観察によって発見しました。
マウスアタックの際に発する音を定量的に評価するために水中マイクロホンを使って録音を行いました。 海水で満たした大型のコンテナ内でマウスファイティングを行わせ、マウスアタックの際に発生する音をゴ カイから1m の距離に設置した水中マイクロホンを用いて録音しました。ゴカイ3個体に由来する計 15 回の パルス音を録音 分析した結果、音源の水中音圧レベルは、平均 150 dB re 1 µPa @ 1 m、最大 157 dB の値 を示しました。周波数は、平均約 6.9 kHz をピークとして 90 kHz 以上まで幅広い値を示しました。
次に、ゴカイがどのように大きな音を生成しているのかを検証しました。撮影した動画を詳しく検討した結 果、咽頭と呼ばれる筒状の筋肉質の器官が、マウスアタックの直前に細くなり、攻撃の瞬間一気に膨張してい ることが明らかになりました。そのため、この高速運動が咽頭内にキャビテーション (cavitation:流体中で 圧力差により短時間に気泡の発生 消滅が起きる現象)を発生させ音を出しているのではないかと考えました (発音生物として有名なテッポウエビ類もハサミの高速運動でキャビテーションを起こし、強烈なパルス音を 生成することが知られています)。咽頭の内部構造を理解するために組織切片を作成し断面構造を精査した結 果、咽頭は、複数の異なる筋構造によって成り立っており、特に、咽頭中央部に密な放射筋で構成される部分 があることが明らかになりました。マウスアタックの際の咽頭の形態変化と、咽頭筋の切片の画像との比較か ら、この部分がバルブとして機能しマウスアタックの直前に咽頭の前部と後部を分かち、攻撃の瞬間に収縮し て咽頭腔を急速に広げることで、キャビテーション気泡を生んでいる可能性を示唆しました。

3.波及効果、今後の予定
本研究の一番の成果は、柔らかい体構造をもつ無脊椎動物においても、大きな水中音の生成が可能であると いうことを示した点だと考えています。これまで報告されている無脊椎動物の水中での発音は、外骨格の擦り 合わせやかち合わせなどによるものがほとんどで、本研究のように外骨格を用いない発音についての報告はあ りませんでした。外骨格を持たない柔らかな無脊椎動物は大きな音を出さない (出せない)と考えられること が多かったですが、本研究の知見は、そのようなこれまでの常識を覆すものです。
キムラハナカゴオトヒメゴカイがマウスファイティングの際に発する音は、高速のマウスアタックの副産物 である可能性も高いですが、マウスファイティングの勝敗の決定や近隣個体の感知など、種内の相互作用にお いて役割を持っているかについても今後検証していきたいと考えています。さらに、オトヒメゴカイ科には、 本種以外にも発達した咽頭を持つものが知られており、マウスファイティングの際に発音する種が他にもいる かどうかを探索していきたいと考えています。
本研究では、音が出るメカニズムについて、咽頭の動きとその筋構造から推察を行なっていますが、実際に どのように音が鳴っているのか、咽頭内で本当にキャビテーション気泡が発生しているのかなどまだ明らかに なっていません。今後より詳しい検証が必要だと考えています。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、京都大学、串本海中公園、アルバータ大学の国際共同研究チームによって実施されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Remarkably loud snaps during mouth-fighting by a sponge-dwelling worm
著 者:Ryutaro Goto* # , Isao Hirabayashi# , A. Richard Palmer *責任著者、#共同第一著者)
掲 載 誌:Current Biology  DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.05.047.

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