心臓内での軟骨形成をおさえる仕組みを解明 ~プロテアーゼが細胞の軟骨分化を防ぐ~

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2019-10-21 京都大学

荒井宏行 ウイルス・再生医科学研究所研究員、瀬原淳子 名誉教授(ウイルス・再生医科学研究所連携教授)は、iPS細胞研究所、理化学研究所、広島大学、岐阜大学、英国・Newcastle大学と共同で、心臓の中に軟骨ができないようにする仕組みが備わっていることを発見しました。

動物の体が形作られる過程で、細胞は適切な場所で適切な機能を持つ細胞になるため、制御を受ける必要があります。様々な細胞へ変化(分化)する能力をもつ神経堤細胞の分化制御については、どのように誘導されるのかについては多くの研究がされていましたが、どのように抑制されるのかについては不明な点が多く残されています。

本研究では、心臓神経堤細胞と呼ばれる一部の神経堤細胞集団に、軟骨形成・分化を抑制するメカニズムが備わっていることと、細胞膜型プロテアーゼであるAdam19がその抑制因子として働くことが明らかになりました。これらの結果から、細胞分化の誘導因子だけではなく、抑制因子の働きが異常な組織への分化を抑え、複雑な組織の形成を可能にしていると考えられます。

本研究成果は、Adam19またはその活性化因子が、異常な軟骨分化の抑制因子として、進行性骨化性線維異形成症(FOP)など異常な軟骨形成・分化の病態を示す病気の治療に応用できる可能性を示唆しています。

本研究成果は、2019年10月16日に、国際学術誌「Cell Reports」のオンライン版に掲載されました。

心臓内での軟骨形成をおさえる仕組みを解明 ~プロテアーゼが細胞の軟骨分化を防ぐ~

図:膜型プロテアーゼAdam19が軟骨形成を抑制する仕組み

詳しい研究内容について

心臓内での軟骨形成をおさえる仕組みを解明
―プロテアーゼが細胞の軟骨分化を防ぐ―

概要
京都大学ウイルス・再生医科学研究所 荒井宏行 研究員、瀬原淳子 名誉教授(ウイルス・再生医科学研究 所連携教授)を中心とした、京都大学 iPS 細胞研究所、理化学研究所、広島大学、岐阜大学、英 Newcastle 大 学の共同研究グループは、心臓の中に軟骨ができないようにする仕組みが備わっていることを見つけました。
動物の体が形作られる過程で、細胞は適切な場所で適切な機能を持つ細胞になるため、制御を受ける必要が あります。様々な細胞へ変化 (分化)する能力をもつ神経堤細胞の分化制御については、どのように誘導され るのかについては多くの研究がされていましたが、どのように抑制されるのかについては不明な点が多く残さ れています。
本研究では、心臓神経堤細胞と呼ばれる一部の神経堤細胞集団に、軟骨形成 ・分化を抑制するメカニズムが 備わっていることと、細胞膜型プロテアーゼである Adam19 がその抑制因子として働くことが明らかになり ました。これらの結果から、細胞分化の誘導因子だけではなく、抑制因子の働きが異常な組織への分化を抑え、 複雑な組織の形成を可能にしていると考えられます。今後は、Adam19 またはその活性化因子が、異常な軟骨 分化の抑制因子として、進行性骨化性線維異形成症 (FOP)など異常な軟骨形成 ・分化の病態を示す病気の治 療に応用できる可能性を探りたいと考えています。
本研究成果は、2019 年 10 月 16 日に国際学術誌「Cell Reports」にオンライン掲載されました。

1.背景
脊椎動物の体には 「神経堤細胞」と呼ばれるユニークな細胞集団が存在します。この細胞は多分化能つまり、 様々な細胞へ変化する能力を持っていて、神経細胞、色素細胞、軟骨細胞といった全く異なる細胞になる能力 を持ちます。神経堤細胞は体が形づくられるなかで、背側から生じ、移動を経てそれぞれ変化 (分化)をしま す。したがって、神経堤細胞が適切な場所で適切な分化をすることが体の形作りに重要になります。
これまで、この神経堤細胞はニワトリとウズラをつかった移植実験の研究等により、その分化能とそこに関 わる遺伝子がわかっていました。その結果、骨 ・軟骨細胞への分化能については神経堤細胞が生じる部位、特 に頭側と尾側で違いがあり、尾側で生じる神経堤細胞には通常、骨 ・軟骨細胞になる能力がないことがわかっ ていました。この原因として、Hox 遺伝子群がこの能力を抑制していることが示唆されていましたが、明確な 抑制メカニズムはわかっていません。
頭側と尾側の間にある心臓に移動する集団 (心臓神経堤細胞)は移植や培養を行うと軟骨になる能力をみせ ます。一方で、実際にマウスの心臓を調べても、軟骨の形態を示す細胞はほとんど観察されません。そこで私 たちは心臓神経堤細胞にも未知の軟骨形成抑制メカニズムが働いているのではと考えました。

2.研究手法・成果
本研究は、まず Adam19 欠損マウスの心臓神経堤細胞が異所性軟骨を形成したところから研究がスタート しました。この心臓神経堤細胞は通常、腱に近い組織を形成しています。マイクロアレイによる遺伝子発現解 析を行った結果、Adam19 欠損型では軟骨細胞分化に重要な役割を果たす Sox9 遺伝子の発現が高くなってい ることが明らかとなりました。そこで次に、この Sox9 と異所性軟骨形成の関係性について調べました。 Adam19 欠損マウスの神経堤細胞において Sox9 の発現を減少させると、異所性軟骨の形成が消失しました。 逆に、神経堤細胞で Sox9 を過剰発現させたマウスは Adam19 欠損マウスと同様に心臓に異所性軟骨を形成し ました。これらの結果から、Adam19 欠損による異所性軟骨形成は、Sox9 遺伝子の発現上昇に起因すること が示唆されました。
Adam19 は一回膜貫通型のメタロプロテアーゼで、細胞膜に存在する膜型増殖因子等のタンパク質を切断す ると考えられてきましたが、その生理的基質の実体は不明でした。BMP シグナルが Sox9 の発現を正に制御 すること、異所性軟骨形成が神経堤細胞特異的 Adam19 欠損マウスでも再現されたことから、Adam19 が心 臓神経堤細胞で BMP 受容体を切断し BMP シグナル伝達を抑制する、という仮説を立て検証しました。培養 細胞実験から、Adam19 が BMP 受容体の一つである Alk2 (Acvr1)を選択的に切断することが明らかになりま した。この結果を生体マウスで検証するため、Alk2/Alk3 のインヒビターである LDN-193189 を Adam19 欠 損マウスに投与すると、異所性軟骨の形成が阻害されたことから仮説が裏付けられました。
これらの結果から、今回の研究は心臓神経堤細胞で発現する Adam19 が Alk2 の切断を介した BMP-Sox9 の シグナル経路の抑制により、軟骨細胞分化を積極的に抑制するという神経堤細胞分化の新たなメカニズムを示 唆しました。

3.波及効果、今後の予定
今回の研究の成果は、体を形作る仕組みの一つとして 「心臓神経堤細胞自体に軟骨形成 ・分化を抑制するシ ステム」が備わっていることを示唆しています。また、この抑制因子の投与や抑制システムを活性化させるこ とで異常な軟骨形成・分化の病態を示す病気の治療に応用できる可能性が生まれたと言えます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科学研究費 (13J04661、15K21745, 16H04793, 15H05938, 15H05935, 22122007) の支援を受けて行われました。
本研究プロジェクトは荒井 宏行 (京都大学ウイルス・再生医科学研究所)、佐藤 文規 (京都大学ウイルス・ 再生医科学研究所)、山本 拓也 (京都大学 iPS 細胞研究所)、ウォルツェン クヌート (京都大学 iPS 細胞研究 所)、清成 寛 (理化学研究所)、吉本 由紀 (広島大学)、宿南 知佐(広島大学)、秋山 治彦 (岐阜大学)、キスト ラルフ (英 Newcastle 大学)、瀬原 淳子 (京都大学ウイルス・再生医科学研究所)の共同研究として実施しま した。

<研究者のコメント>
本研究は、近い将来役立つ研究として行なったものではなく 「心臓に異所性の軟骨が形成するという現象を 分子レベルで解明したい」という単純な思いで行なってきました。その中で、Adam19 が Alk2 という分子を 切断することが明らかになり、この機能がマウスとヒトで保存されていることも見出されました。結果として、 今回の研究は Adam19 が進行性骨化性線維異形成症(FOP)のような Alk2 の異常な活性化に起因する病気の新 たな薬剤となる可能性を示唆するものになりました。今後その可能性を検証していけたらと考えています。

<用語解説>
細胞膜型プロテアーゼ: 細胞膜に存在し、同じく細胞膜に存在するタンパク質を切断することで、切断される タンパク質の機能を促進、または抑制します。
異所性軟骨 :通常では形成しないはずの場所で形成してしまう軟骨組織
BMP シグナル: 細胞外に存在する骨形成タンパク質(BMP)は細胞膜に存在する BMP の受け手(受容体) と結合することで、細胞内に情報を伝えています。この信号を BMP シグナルと呼びます。
インヒビター: 阻害物質。ここでは上記の BMP シグナルを伝える受容体に結合し、BMP シグナルを細胞内に 伝える機能を阻害する化合物を指します。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Metalloprotease-dependent attenuation of BMP signaling restricts cardiac neural crest cell fate (メタロプロテアーゼ依存的 BMP シグナル伝達の減衰は心臓神経堤細胞の細胞運命を制限する)
著 者:Hiroyuki N. Arai, Fuminori Sato, Takuya Yamamoto, Knut Woltjen, Hiroshi Kiyonari, Yuki Yoshimoto, Chisa Shukunami, Haruhiko Akiyama, Ralf Kist, Atsuko Sehara-Fujisawa
掲 載 誌:Cell Reports  DOI:10.1016/j.celrep.2019.09.019

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
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