2022-06-15 基礎生物学研究所,東京大学,群馬大学
植物の受精といえば、花粉からのびた花粉管を介して精細胞が卵へと運ばれる様子をイメージされる方も多いでしょう。しかしコケ植物やシダ植物のように、泳いで卵を目指す精子を作る植物も存在します。コケ植物の精子は細長い螺旋形の細胞体の頭部から二本の鞭毛が生えた構造をもち、この鞭毛を動かして推進力を生み出します。この精子をつくる過程で、大がかりなオルガネラ(細胞小器官)の変化が起こります。中でもエネルギー産生やさまざまな代謝の場であるミトコンドリアは、精細胞から精子へと変化する精子変態の過程でその数や形が大きく変化することが知られていました。コケ植物はふだん細胞内に多数のミトコンドリアを持ちますが、精子が完成した時のミトコンドリアの数は2個と決まっており、精子の頭部と尾部に一つずつ配置されています。しかしこの特徴的な
が、どのような仕組みででき上がるのかは分かっていませんでした。
基礎生物学研究所 細胞動態研究部門の法月拓也研究員(現・群馬大学生体調節研究所 日本学術振興会特別研究員PD)、南野尚紀特任助教、上田貴志教授らと、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授、群馬大学生体調節研究所の佐藤美由紀教授で構成される研究グループは、苔類ゼニゴケの精子変態の過程を調べることで、精子変態の初期にミトコンドリアが分裂とそれに続くオートファジー(自食作用)による分解を受けて一旦1個まで数を減らし、その後分裂によって2個になることを発見しました。そのオートファジーはミトコンドリア以外のオルガネラや細胞質の分解にも関わっていましたが、ミトコンドリアは他のオルガネラとまとめて分解されるのではなく、異なる時期に別の制御を受けて分解されることも分かりました。哺乳類などの動物の精子変態過程では、不要なオルガネラや細胞質は、隣接する細胞が取りこんで分解することで除去されます。しかし細胞壁に囲まれた植物細胞では、動物と同じような方法で精子変態を行うことはできません。本研究により、コケ植物の精子変態におけるオルガネラ再編成のユニークな仕組みが明らかになりました。本研究成果は、日本時間2022年6月15日午前0時に米国の科学雑誌Cell Reportsに掲載されます。
【研究の背景】
ほとんどの真核細胞はミトコンドリアをもちますが、その数や形は細胞の種類や状態によって大きく異なっています。中でも精子は、他の細胞と比べ特徴的なミトコンドリア形態を示し、生物種によってその形態や分布様式が大きく異なることが知られています。精子というと、動物の泳ぐ精子を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、植物にも精子を使って有性生殖をおこなうグループが存在します。皆さんが公園や庭で目にするコケ植物も、そのような植物の一つです。コケ植物はふだんの体においては細胞あたり数十〜数百個のミトコンドリアを持ちますが、精子ではミトコンドリアは頭部と尾部に1個ずつ存在することが古くから知られていました(図1)。しかしながら、精子が作られる過程でこのミトコンドリアがどのように形成されるのかは分かっていませんでした。
図1. コケ植物の精子の模式図
【研究の成果】
本研究のハイライトは、ゼニゴケの精子のミトコンドリアの数が、分裂とオートファジーによる分解によって厳密に制御されていることを発見した点です。さらに、ミトコンドリアが他のオルガネラとは異なる制御を受けて分解されることも明らかにしました。
本研究ではまず、精細胞が精子へと変化していく精子変態の過程で、ミトコンドリアの数や形がどのように変化するのかを詳細に調べました。その結果、精子変態が進むにつれてミトコンドリアの量が減少していき、その数が一旦1個にまで減ることが分かりました。続いてこのミトコンドリアが2つに不等分裂し、大きい方のミトコンドリアが頭部ミトコンドリアに、小さい方のミトコンドリアが尾部ミトコンドリアになることが分かりました(図2)。このミトコンドリア分裂を阻害すると、ミトコンドリアの数が1個(頭部ミトコンドリアのみ)の精子が多数観察されました(図3)。
図2. 本研究で明らかにした、コケ植物の精子変態過程におけるミトコンドリアの変化の模式図
ミトコンドリアを緑、核を青で示した。精細胞には多数のミトコンドリアが存在するが、精子変態の途中でその大部分がオートファジーにより分解され、1個のミトコンドリアのみが残る。その後それが分裂して大小2個のミトコンドリアができ、そのうちの小さい方が尾部に移動して尾部ミトコンドリアになる。オートファジーはミトコンドリアとそれ以外のオルガネラのどちらの分解にも関わるが、ミトコンドリアの分解の時期は他のオルガネラの分解の時期とは異なっている。
図3. ミトコンドリア分裂を阻害した精子
ミトコンドリア分裂を阻害すると、野生型ではミトコンドリアが2個なのに対して、ミトコンドリアの数が1個の精子が多数形成される。ミトコンドリアを緑で示す。スケールバーは5 µm。
次に、ミトコンドリアの量がどのような仕組みで減っていくのかを明らかにするために、オートファジー(自食作用)という現象に着目しました。オートファジーは、二重の膜からなる袋状の構造により細胞の構成成分を包み込み、この袋を液胞やリソソームと融合させることで中身を分解する仕組みで、その分子機構の解明により大隅良典先生がノーベル賞を受賞されたことで有名です。オートファジーに必要な遺伝子を破壊したゼニゴケ変異体を作製し、精子変態過程におけるミトコンドリアの状態を調べたところ、変異体の精子では多数のミトコンドリアが残存する様子が観察されました(図4)。また、正常なゼニゴケの精子変態中の精細胞を電子顕微鏡で観察したところ、オートファゴソームによってミトコンドリアが選択的に取り込まれている様子も見られました(図4)。これらの結果から、精子変態過程では、ミトコンドリアの数がオートファジーによって減らされることが明らかになりました。
オートファジーができない変異体では、ペルオキシソームなどのミトコンドリア以外のオルガネラや細胞質の分解にも異常が見られることも見いだされました。しかしながら、ペルオキシソームなどの除去は、ミトコンドリアの分解が完了した後に起こることが明らかになり、ミトコンドリアの分解が他のオルガネラとは異なる制御を受けておこなわれることが分かりました。
図4. オートファジーによるミトコンドリア分解
オートファジーの機能を欠損させた精子では多数のミトコンドリア(緑)が残存した(中図)。また、野生型の精子変態過程において、ミトコンドリアがオートファゴソームに取り込まれる様子が電子顕微鏡観察により確認できた(右図)。
【今後の展望】
本研究によって、コケ植物の精子でみられるミトコンドリアの特徴がどのように生み出されるのかが判明し、オートファジーがそこに深く関わることが明らかになりました。動物の精子変態の過程でも大規模なオルガネラの除去が起こりますが、そこにオートファジーはあまり関わっておらず、隣接する細胞が余分な細胞質を貪食作用により取りこんで分解することが知られています。コケ植物と動物では、全く異なる仕組みによりオルガネラの除去がおこなわれているのです。コケ植物に加え、シダ植物や一部の裸子植物も、鞭毛を持つ精子を形成します。しかし、それらのオルガネラ構成は、コケ植物とは大きく異なります。今後これらの植物において精子変態過程におけるオルガネラの再編成がどのように起こるのかを調べることで、植物の精子形成についての理解を一層深めることができるものと期待されます。
【発表雑誌】
雑誌名 Cell Reports
掲載日 2022年6月14日 米国東部時間午前11時
論文タイトル:Dynamic rearrangement and autophagic degradation of mitochondria during spermiogenesis in the liverwort Marchantia polymorpha
著者:Takuya Norizuki, Naoki Minamino, Miyuki Sato, Hirokazu Tsukaya, and Takashi Ueda
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110975
【研究グループ】
本研究は、基礎生物学研究所 細胞動態研究部門、東京大学大学院理学系研究科、群馬大学生体調節研究所が参加した共同研究チームにより実施されました。
【研究サポート】
本研究は、科学研究費助成事業(19J13751, 20K15824, 19H05672, 19H05675, 19H05670, 21H02515)などの支援を受けて行なわれました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 細胞動態研究部門
教授 上田 貴志 (うえだ たかし)
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
国立大学法人群馬大学
昭和地区事務部総務課研究所庶務係