水1Lの分析で絶滅危惧種ニホンウナギの河川内分布を把握できることを明らかにしました

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2019-03-01 京都大学

山本哲史 理学研究科助教、板倉光 神戸大学・日本学術振興会特別研究員、脇谷量子郎 中央大学機構助教、海部健三 同准教授、佐藤拓哉 神戸大学准教授、源利文 同准教授らの研究グループは、1Lの河川水中の環境DNA量を分析することで、ニホンウナギの河川での生息状況を把握できることを世界で初めて明らかにしました。

従来のニホンウナギの河川調査では電気ショッカーによる定量採集調査が行われてきました。本研究グループは、国内10河川125地点において、この定量採集調査と環境DNA分析手法とを比較し、後者の方が河川におけるニホンウナギの分布を高精度で検出できることを確認しました。また、環境DNA分析によって、その個体数・生物量を推定できる可能性も見出しました。

本研究成果により、ニホンウナギの河川でのモニタリングを短期間で効率的に行うことが可能となり、絶滅が危惧される本種資源の保全に大きく貢献できるものと期待されます。

本研究成果は、2019年2月27日に、国際学術誌「Aquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystems」のオンライン版に掲載されました。

水1Lの分析で絶滅危惧種ニホンウナギの河川内分布を把握できることを明らかにしました

図:絶滅が危惧されるニホンウナギ(Anguilla japonica)

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1002/aqc.3058

Hikaru Itakura, Ryoshiro Wakiya, Satoshi Yamamoto, Kenzo Kaifu, Takuya Sato, Toshifumi Minamoto (2019). Environmental DNA analysis reveals the spatial distribution, abundance, and biomass of Japanese eels at the river-basin scale. Aquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystems.

詳しい研究内容について

水 1L の分析で絶滅危惧種ニホンウナギの 河川内分布を明らかにできることを確認

神戸大学大学院理学研究科の板倉光学振特別研究員、中央大学の脇谷量子郎 機構助教、京都大学の山本哲史助教、中央大学の海部健三准教授、神戸大学の 佐藤拓哉准教授と源利文准教授からなる研究グループは、1Lの河川水中の環境 DNA(※1)量を分析することで、ニホンウナギの河川での生息状況を把握でき ることを世界で初めて明らかにしました。これにより、ニホンウナギの河川で のモニタリングを短期間で効率的に行うことが可能となり、絶滅が危惧される 本種資源の保全に大きく貢献できるものと期待されます。
この研究成果は、2月28日(現地時間)に、英国科学誌「Aquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystems」に掲載されました。

ポイント
✓ ウナギ属魚類の河川内分布をモニタリングするための環境 DNA 分析手法の有用性を 世界で初めて示した。
✓  国内 10 河川 125 地点における電気ショッカーを用いた定量採集調査と環境 DNA 分 析手法から得られた結果を比較し、環境 DNA 分析の方がニホンウナギの河川内分布 を高精度で検出できることを確認した。
✓  採集調査から得られたニホンウナギの個体数・生物量と環境 DNA 濃度との関係か ら、環境 DNA を調べることで河川でのニホンウナギの個体数・生物量を推定できる 可能性を示した。
✓  環境 DNA 分析手法により、広域に分布するウナギ属魚類の河川内分布調査が容易に 行え、時空間的に大規模な資源動態のモニタリングが可能となる。これは、本属魚類 の保全と持続的利用、本属外来種の人為的移入の早期発見に大きく貢献できるものと 期待される。


図1 絶滅が危惧されるニホンウナギ(Anguilla japonica)

研究の背景
ウナギ属魚類は外洋で産卵し、沿岸や河川で成長する降河回遊魚です。世界に 16 種が知 られ、その分布は広く 150 か国にわたります。東アジアに広く分布するニホンウナギは、 古来より我が国の重要な食資源として、和歌や絵画の題材として、時には信仰の対象として、 多様な生態系サービスを供給してきました。しかし、その漁獲量は 1970 年代以降激減し、 2014 年には国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定され、資源の保全が急務となっています。

生物を保全するためには、対象生物の分布域や資源量に関するデータの取得が欠かせま せん。一般に、ニホンウナギの河川調査では、電気ショッカーを用いて採集を行います。し かし、調査には人的・時間的に大きな労力がかかるため、ニホンウナギのように河川の下流 から上流まで広く生息し、地理的にも分布域が広い生物の場合は十分なデータが得られて いないという課題がありました。また、通常調査を行う日中、夜行性であるウナギは植生や 泥の中に隠れているため、従来の採集調査ではしばしばウナギを見落としてしまうといっ た問題もありました。そこで私たちは、低労力でかつ正確なモニタリング調査手法を検討す るため、近年急速に技術発展する環境 DNA 分析手法がニホンウナギの分布調査に有用であ るかどうかを調べました。


図2 日中、河岸の植生の根の間に身を潜めるニホンウナギ

研究の内容
私たちは、国内の 10 河川の下流から上流にわたる全 125 地点において、河川水を 1L 汲 み、そこに含まれるニホンウナギの環境 DNA 量をリアルタイム PCR 法 (※2) によって測定 しました。同時に、同地点において電気ショッカーを用いた定量的な採集調査を行い、ニホ ンウナギの採集個体数・生物量を求め、環境 DNA 分析の結果と比較しました。


図3 調査風景。電気ショッカーによる採集調査(左)、環境 DNA 分析用の採水(右)

その結果、電気ショッカー調査によってニホンウナギが確認された地点の 91.8%(61 地 点中 56 地点)でウナギの環境 DNA が検出されただけでなく、低密度で生息しているため にウナギが採集されなかった 35 地点(主に上流域)においても環境 DNA が検出されまし た。これにより、環境 DNA 分析手法はニホンウナギの河川内分布を従来の採集調査よりも 高精度で検出できることが初めて明らかになりました。さらに、採集調査によって得られた ニホンウナギの個体数・生物量は環境 DNA 濃度と正の相関があることから、環境 DNA を 調べることで河川におけるニホンウナギの個体数・生物量をある程度推定できる可能性も 見出しました。


図4 ニホンウナギの個体数と河川中の環境 DNA 濃度との関係

ウナギ属魚類の生息数が下流から上流に向かって減少することは広く知られていますが、 本研究における環境 DNA 濃度も同様の傾向が見られたことから、環境 DNA 分析の結果は、 ウナギ属魚類の河川での基本的な生態特性を良く表していると考えられます。

今回の研究では、電気ショッカーを用いた採集調査は 1 河川につき 3 人以上で少なくと も 3 日間を要しましたが、環境 DNA 分析のための採水は 2 人で長くとも半日間、その後の 処理は 1 人で 1.5 日間で終了しました。つまり、河川全域や複数河川など大規模な分布調査 を行う上で、環境 DNA 分析手法の方が人的・時間的資源の面でも優れていると考えられま す。

今後の展開
本研究成果にも示されているように、環境 DNA 分析手法は、従来の方法よりも時間や労 力的に低コストであるため、広域分布するニホンウナギのモニタリングが容易となります。 今後、より大規模な資源動態のモニタリングが可能になることと期待されます。また、非致 死的な手法である点も、絶滅危惧種であるニホンウナギのモニタリングにおいて有益です。 現在では、環境 DNA 分析手法を用いたウナギ属魚類のモニタリング調査を国内外のフィー ルドで実施しています。環境 DNA 分析手法を導入することで、国を跨いで分布する本属魚 類に対して国際的に統一された手法でのモニタングの実施が容易となり、全球規模で資源 減少が懸念されるウナギ属魚類の保全と持続的利用に対して大きく貢献できるものと考え ています。

また、河川における外来ウナギの移入の実態を調査する際にも有効です。過去 20 年間に 国内の多くの水系で放流された外来のウナギ属魚類(ヨーロッパウナギやアメリカウナギ など)の生息が報告されています。これらの種とニホンウナギは外見では見分けることがで きず、生息していても発見することは困難であることに加えて、長寿命(数十年)なために 長期にわたって生態系に影響を及ぼすことが懸念されます。環境 DNA 分析による広域調査 を行うことで、国内における外来ウナギの分布状況や早期発見などが期待されます。

河川における環境 DNA 濃度は、生物の個体数や生物量に加えて、流速や水深などの物理 特性によっても、DNA の分解や分散距離を通して影響を受けることが分かっています。そ のため今後は、物理特性が環境 DNA 濃度に与える影響を明らかにすることで、環境 DNA 分析によるニホンウナギの個体数や生物量の予測精度を高めていく必要があります。

用語解説

※1 環境 DNA
水や空気、土壌などのサンプル中に含まれる DNA のこと。水の場合には魚類をはじめとし た水生生物の排泄物や粘液、表皮などの細胞が水中に剥がれ落ちたものに由来する DNA が 含まれている。

2 リアルタイム PCR 法
特定の DNA 断片のみを増幅する PCR 法の一種である。増幅する過程をリアルタイムにモ ニターすることによって、特定の DNA の量を測定することができる。

謝辞
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業、公益財団法人河川財団の河川基金助成事業、 JSPS 科研費 JP16J01523 の助成を受けて実施しました。

論文情報
・タイトル
“Environmental DNA analysis reveals the spatial distribution, abundance and biomass of Japanese eels at the river basin scale”

・著者
板倉光(神戸大学大学院理学研究科・日本学術振興会特別研究員)
脇谷量子郎(中央大学研究開発機構・機構助教)
山本哲史(京都大学大学院理学研究科・助教)
海部健三(中央大学法学部・准教授)
佐藤拓哉(神戸大学大学院理学研究科・准教授)
源利文(神戸大学大学院人間発達環境学研究科・准教授)

掲載誌
Aquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystem

生物工学一般生物環境工学
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