エサの匂いやフェロモンに応答するキンギョの嗅神経細胞を同定

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キンギョは食事に4割、恋に1割の細胞を使う

2018-04-25 生理学研究所

内容

視覚機能がよく発達したヒトと異なり、げっ歯類や魚類は嗅覚が著しく発達していることで知られ、匂いを用いてさまざまな情報伝達を行っていることが知られています。特に魚類では、成熟するに伴い体内で作られたホルモンが性フェロモンとして体外に放出され、異性がそれを鼻で感じ取ると成熟や性行動を促進することが以前より知られています。しかしこれまでの研究では、実際に性フェロモンが餌の匂いなどの他の匂いとどのように区別されるのか、わかっていませんでした。
今回、生理学研究所の佐藤幸治特任准教授とミネソタ大学の研究グループは、キンギョの嗅神経細胞*1に着目し、これまでに同定された匂いの全てである餌の匂い、社会性シグナル、性フェロモンのどれに反応するのか測定しました。結果、キンギョの嗅神経細胞全体のうちおよそ6割がこれらの匂いに反応し、特に4割もの細胞が餌の匂いに反応し、1割が性フェロモンに反応することがわかりました。さらにフェロモン感受性の細胞は、ヒトのもつ通常の匂いを感知する細胞に相当することを明らかにしました。
本研究結果は、4月23日に英国科学雑誌Chemical Sensesに掲載されました。
ヒトにとって、視覚から入力される情報は生活をしていく上で重要であり、欠かすことのできない感覚です。しかし、視野の悪い濁った水の中などで生活する魚類にとっては、視覚情報よりも嗅覚からの情報を頼りに生活をしているものが多く、特に餌や繁殖相手を探す際には嗅覚を利用していることで知られています。
およそ30年前、本研究の共同研究者であるSorensen博士によって、キンギョの体内で成熟に伴い濃度上昇する性ステロイドやプロスタグランジンという、本来体内で細胞の機能を調節する物質が体外に放出されることで、異性の成熟や性行動を引き起こすことが発見されました(性フェロモン作用:図1)。以降、様々な魚種で同様の性フェロモン作用が報告されるようになりました。しかしキンギョの鼻に存在するどの細胞が、どの匂いを感知するのに使われているのか、その詳細な仕組みについては、これまで明らかにされていませんでした。
今回我々の研究グループはキンギョを用いて、麻酔を施した後に鼻のどの細胞がどの匂いに反応するのかをひとつひとつ測定しました。さらに特定の細胞を活性化する薬剤を用いることで、匂いに反応する細胞の特定を試みました。
キンギョの鼻には匂いを感じる細胞「嗅神経細胞」が密集しています。研究グループは、先端の直径が5-8μmという非常に小さな電極を用いて、嗅神経細胞を一つずつ匂いで刺激し、反応を測定しました。109個の細胞に対し匂いの応答性を調べたところ、36個の細胞が餌の匂いに反応し、16個が性フェロモンに反応しました(図2)。餌の匂いに反応する細胞の中には、ひとつの細胞がさまざまな餌の匂いに反応するものもありましたが、興味深いことに、性フェロモンに反応する細胞は、ひとつの細胞が特定の物質にしか反応しないことがわかりました。また性フェロモンに反応する細胞は、餌の匂いに対する反応を引き起こすアミノ酸の最低濃度よりもはるかに低い濃度の性フェロモンで活性化されました。測定した細胞のうち、およそ4割は今回用いた匂いには反応しなかったので、これらの細胞は未知の匂いを識別していることが考えられました。
次に嗅神経細胞の細胞型の違いに着目し、どの細胞型がどのような機能を持つのかについて検討しました。嗅神経細胞には、繊毛型細胞と微絨毛型細胞の2種類の細胞型があります。げっ歯類では、繊毛型細胞は餌などの匂いを感じ、微絨毛型細胞はさまざまなフェロモンの識別に特化した機能を持ちますが、キンギョの嗅覚器ではこれらの細胞が混ざって分布しています。今回研究グループは、繊毛型細胞と微絨毛型細胞のそれぞれを特異的に活性化する物質を用い、細胞型の特定を試みました。結果、繊毛型細胞は餌の匂いであるアミノ酸と、性フェロモンとしてはたらく性ステロイドおよびプロスタグランジンの双方に反応しましたが、微絨毛型細胞はアミノ酸にしか反応しませんでした(図3)。
本研究から、キンギョでは匂いを感じる細胞のおよそ4割が餌の匂い、1割がフェロモンに関わっており、餌の匂いと性フェロモンには異なった細胞が反応することで、これらの匂いを細胞レベルで区別していることが明らかになりました。またげっ歯類と魚類では、匂いとフェロモンの識別に関わる神経回路が異なっていると考えられました。私たちヒトでは、日常の中でフェロモンが意識されることはありませんが、匂いが食欲に影響することは誰もが経験することです。今後、匂いの識別に関わる神経回路を明らかにすることで、食事や成熟に関わる神経機構の解明につながると期待できます。
本研究はアメリカ国立衛生研究所、岡崎統合バイオサイエンスセンター・オリオンプロジェクト、日本学術振興会科学研究費補助金、武田科学振興財団などの研究助成による支援を受けて行われました。

今回の発見

  1. キンギョでは、機能の異なった匂い物質が別々の細胞で識別されることを明らかにしました。
  2. 匂いを受容する細胞のうち、およそ4割が餌の匂いの受容に、1割がフェロモンの受容に関わっていました。
  3. 繊毛型細胞はアミノ酸とフェロモンの受容に、微絨毛型細胞はアミノ酸だけを受容することが明らかになりました。
図1 性成熟したメスのキンギョは性ステロイドやプロスタグランジン(PGF)という物質を体外に放出し、それを鼻で感じ取ったオスの性成熟や性行動を促す。

エサの匂いやフェロモンに応答するキンギョの嗅神経細胞を同定
成長に伴い、メスの体内で雌性ステロイドホルモン濃度が増加すると、性成熟が進行し同時に、体外へもホルモンやその代謝物が放出されます。これらの物質を嗅覚器で感じ取ったオスでは性成熟が進行し、精巣が増加します。産卵直前のメスはフェロモンを放出し、それを感じ取ったオスがメスを追跡し産卵に至ります。これらのフェロモンに対して嗅覚器は非常に敏感に反応し、餌の匂いと比較するとおよそ10,000倍の感度を持っています。

図2 餌の匂いや性フェロモンに応答する細胞の内訳

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細胞の電気的な活動を指標に、どの細胞がどの匂いに反応するのか検討しました。最も多かったのはアミノ酸に反応する細胞であり、全体の1/3を占めていました。フェロモンに対する細胞は少なく、それぞれ10%以下でした。アミノ酸に反応する細胞の中には他の核酸やポリアミンなど、他の餌の匂いにも反応する細胞がありました。しかし餌の匂いやフェロモンなど、役割が異なった複数の物質に応答する細胞は見つからず、匂いの機能によって、違った細胞が反応しました。本研究では、キンギョでの役割が明らかにされた物質のほとんどを用いて細胞を探索しましたが、それでも44%の細胞から反応が得られませんでした。これらの細胞が感じる匂いやその機能は、未だ解明されていません。

図3 細胞型と匂い物質の対応関係

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繊毛型細胞はげっ歯類では通常の匂いを感じる細胞としてはたらき、微絨毛型細胞はフェロモンの識別に特化した役割を持っています。キンギョの嗅覚器ではこれらの細胞が混ざって分布しています。しかしキンギョの場合、繊毛型細胞がフェロモンと餌の匂いのどちらも感じることができました。一方、本研究では微絨毛型細胞で識別された匂い物質はアミノ酸だけでした。ニジマスを用いた研究でも、微絨毛型細胞が感じる物質としてアミノ酸だけが報告されています(Sato and Suzuki, Chemical Senses 2001)。魚類が感じる匂いには、まだ見つかっていない物質が関係すると考えられます。

この研究の社会的意義

魚類にとって餌のシグナルは摂食を促す重要な物質であるため、これまでにアミノ酸を含んだ疑似餌が製品化されるなどの産業利用が実施されています。今回用いたポリアミンはキンギョでは餌の匂いですが、ゼブラフィッシュでは忌避物質であり、アミノ酸に応答する細胞は反応しません。したがってアミノ酸に対する反応を利用した魚種ごとに異なった餌物質の探索が、新たな人工飼料の開発につながることが期待できます。また性成熟の最終段階ではフェロモンの刺激が重要であり、自然に近い形で安全かつ安定的な完全養殖を実現するために、ゲノム情報からフェロモン受容体の有無を探索することが養殖技術の改良に有効であると期待できます。この他にも外来種問題の深刻な北米では、匂いやフェロモンを用いた魚類の集団制御が国際協力で試みられ、重要な研究課題になっています。

論文情報

The Chemical Sensitivity and Electrical Activity of Individual Olfactory Sensory Neurons to a Range of Sex Pheromones and Food Odors in the Goldfish.
Koji Sato and Peter W Sorensen
Chemical Senses, 43, 4, 23 April 2018, 249-260.

お問い合わせ

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所
生体制御シグナル研究部門
特任准教授 佐藤 幸治(サトウ コウジ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

生物化学工学
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