2023-02-14 東京大学,東北大学,東京工業大学
発表者
清水 隆之(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
増田 建(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
赤池 孝章(東北大学 大学院医学系研究科 教授)
増田 真二(東京工業大学 生命理工学院 准教授)
ダイアナ カプデビラ(インディアナ大学 博士研究員)
発表のポイント
- 超硫黄分子による生体制御系における、超硫黄分子の細胞内動態を明らかにしました。
- 超硫黄分子の産生と超硫黄分子に応答したシグナル伝達の新しい関係性を確立しました。
- 超硫黄分子が関わる統合失調症や心不全などのさまざまな疾患に対して、新たな治療法の開発に向けた礎を提供します。
発表概要
東京大学大学院総合文化研究科の清水隆之助教・増田建教授らの研究グループは、生体機能を制御する超硫黄分子(注1)が、細胞内でどのように産生されて、生体制御に関わるかを明らかにしました。
毒物として知られる硫化水素は、さまざまな生体機能の制御に関わる「諸刃の剣」であることがわかってきました。これらの生体制御では、硫化水素が種々の形に活性化した「超硫黄分子」がシグナル伝達因子として機能しますが、その代謝から制御系への素過程はよくわかっていませんでした。
今回、超硫黄分子の代謝酵素を複数同定し、それらが超硫黄分子による生体制御機構に与える影響を明らかにしました。本研究の成果は、超硫黄分子が関与する生理機能の疾患に対して、従来にないユニークな治療法の開発へとつながることが期待されます。
本研究成果は、2月10日にオープンアクセス誌「PNAS Nexus」のオンライン速報版に掲載されました。
発表内容
研究の背景・先行研究における問題点
硫化水素は、古代地球において酸素よりも豊富に存在していたため、さまざまな生理機能において中心的な役割を果たし、生命進化に大きく貢献したと考えられています。実際、最近の研究から、ほぼすべての生物の生理機能において硫化水素が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。さらに、硫化水素の代謝過程に産生されるポリスルフィド類である超硫黄分子が、実際に生理機能の制御とシグナル伝達に関わることがわかってきました(図1)。
(図1)超硫黄分子による生体機能の制御
一方で、硫化水素は呼吸阻害などを引き起こす毒物としても知られています。その細胞毒性を回避しつつ有益な効果を得るためには、硫化水素やより反応性の高い超硫黄分子の細胞内濃度を厳密に制御する必要があります。
超硫黄分子の代謝と感知機構はさまざまな生物で研究されていますが、それらを統合的に理解する研究は行われていませんでした。そのため、細胞内の超硫黄分子がどのように代謝されることで、超硫黄分子による生体制御が行われているか全くわかっていませんでした。
研究内容
研究グループは、清水助教が以前同定した超硫黄分子応答性転写因子SqrR(注2)が制御に関わる超硫黄分子代謝関連の酵素に着目し、超硫黄分子代謝がSqrR依存的な転写制御に及ぼす影響を精査しました。
SqrRは超硫黄分子によってポリスルフィド修飾を受けることで活性を変化させます(図2)。そこで、SqrRの活性制御に関与する超硫黄分子代謝酵素を同定するために、候補となる複数の酵素遺伝子の欠損株をそれぞれ作成し、SqrRの転写活性を解析しました。その結果、硫黄転移活性を持つ2種類の酵素を同定しました。1つは主要な超硫黄分子代謝酵素として知られる硫化水素酸化酵素SQR(注3)であり、SqrR依存的なシグナル伝達を維持するために必要な代謝酵素であることがわかりました。もう1つはロダネース(注4)と呼ばれる硫黄転移酵素の一種で、SqrR依存的なシグナル伝達の解消に寄与することが示唆されました。
各酵素の酵素活性を測定したところ、SQRは超硫黄分子の一種であるグルタチオンパースルフィド(GSSH)およびシステインパースルフィド(CysSSH)の合成活性を示しました。一方でロダネースは、硫黄転移活性は示したものの、実際に何から何に硫黄を転移しているかは不明でした。そこで、SQRに着目して、超硫黄分子の細胞内動態を解析したところ、SQRはSqrRのポリスルフィド修飾を維持するための超硫黄分子の供給に寄与することで、SqrR依存的なシグナル伝達の維持に関わることが示されました。
SQRからSqrRに供給される超硫黄分子の種類を決定するために、sqr遺伝子欠損株におけるSqrR依存的なシグナル伝達異常が、どの超硫黄分子によって正常に戻るか検証しました。その結果、細胞をCysSSHで処理することで、sqr遺伝子欠損の影響が回復することがわかりました。さらに、SqrRはCysSSHへの反応性がより高いこともわかりました。したがって、SqrRはSQRによって産生されたCysSSHを優先的に検知している可能性が示されました。
以上より、SQRによるCysSSHをはじめとした超硫黄分子の供給が持続的なSqrR活性制御に繋がることが明らかになりました(図2)。
(図2)SqrRによる転写制御機構における超硫黄分子代謝細胞が外因性あるいは内因性の硫化水素(H2S/HS–)にさらされると、恒常的な代謝経路によって産生された超硫黄分子(RSSnH、H2Sn、S8など)によって、SqrRに分子内ポリスルフィド架橋構造が形成されて、硫化水素応答遺伝子に対する転写抑制活性が抑制される。その結果、硫化水素酸化酵素SQRやロダネースなどの超硫黄分子代謝酵素の発現が誘導される。SQRは誘導的な代謝経路として超硫黄分子の産生を行い、SqrRのテトラスルフィド架橋構造を維持するための超硫黄分子を供給することで、硫化水素応答遺伝子の発現促進を持続する。一方で、反応性の高い超硫黄分子の高蓄積を避けるために、ロダネースなどの硫黄転移酵素によって超硫黄分子は還元される。これにより、細胞内の超硫黄分子濃度が低下し、SqrRによる転写抑制状態が回復する。
社会的意義・今後の予定
硫化水素・超硫黄分子代謝とその制御機構の主要な関係性を明らかにした本研究は、硫化水素が関与するさまざまな疾患に対する全く新しいアプローチ・治療法の開発につながることが期待されます。
例えば、脳疾患である統合失調症では、脳内の硫化水素濃度が高くなり、ポリスルフィド修飾を受けたタンパク質が蓄積することが原因となることが示唆されています。これは、硫化水素・超硫黄分子代謝を制御することで進行を調節することができる可能性を示しています。
謝辞
本研究は、科研費「学術変革領域研究(A)「硫黄生物学」(課題番号:JP21H05271、JP21H05263)」、「若手研究(課題番号:JP21K15038)」、「基盤研究(S)(課題番号:JP18H05277)」、「基盤研究(A)(課題番号:JP18H03941)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP19H03241)」、「基盤研究(C)(課題番号:JP20K06681、JP20K07306)」の支援により実施されました。
論文情報
雑誌:「PNAS Nexus」(オンライン速報版:2月10日掲載)
論文タイトル:Polysulfide metabolizing enzymes influence SqrR-mediated sulfide-induced transcription by impacting intracellular polysulfide dynamics
著者:Takayuki Shimizu*, Tomoaki Ida, Giuliano T. Antelo, Yuta Ihara, Joseph N. Fakhoury, Shinji Masuda, David P. Giedroc, Takaaki Akaike, Daiana A. Capdevila and Tatsuru Masuda
DOI番号:10.1093/pnasnexus/pgad048
研究チーム:
清水 隆之(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
増田 建(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授)
井田 智章(東北大学 大学院医学系研究科 助教)
赤池 孝章(東北大学 大学院医学系研究科 教授)
井原 雄太(東京工業大学 生命理工学院 博士研究員)
増田 真二(東京工業大学 生命理工学院 准教授)
ジュリアーノ アンテロ(インディアナ大学 博士学生)
ジョセフ ファーフーリー(インディアナ大学 博士学生)
デイビッド ギードラック(インディアナ大学 教授)
ダイアナ カプデビラ(インディアナ大学 博士研究員)
用語説明
(注1)超硫黄分子
分子内に過剰な硫黄原子が付加したポリスルフィド構造を持つ硫黄代謝物の総称。システインのチオール基(-SH基)に硫黄原子が1つ付加してパースルフィド化(-SSH)したシステインパースルフィドなどがある。近年、生物普遍的に重要な生命素子として注目を集めている。
(注2)超硫黄分子応答性転写因子SqrR
超硫黄分子に応答して転写制御を行う転写因子。システイン残基を2つ持ち、超硫黄分子によって、2つのシステイン残基の間で分子内ポリスルフィド架橋構造が形成されることで、転写調節活性が制御される。
(注3)硫化水素酸化酵素SQR
硫化水素を基質として、硫化水素からの硫黄を別の低分子に転移すると同時に、電子をキノンに伝達する酵素。主要な超硫黄分子の産生酵素としてだけでなく、硫化水素を電子供与体とした電子伝達タンパク質としてエネルギー代謝に寄与する酵素としても知られている。
(注4)ロダネース
古くから、シアン(CN–)の解毒酵素として知られている酵素で、チオ硫酸からの硫黄をシアンに転移させてチオシアン(SCN–)に無毒化する。この酵素反応では、活性中心にあるシステイン残基のパースルフィド化を介して行われる。現在は、チオ硫酸-シアン間だけでなく、さまざまな硫黄転移反応への関与が示されている。