スギ全染色体の塩基配列解読に成功~無花粉品種の効率開発や気候変動影響の高精度予測可能に~

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2023-03-01 森林総合研究所,基礎生物学研究所

ポイント
・スギの全染色体をカバーする参照ゲノム配列を染色体の端から端まで正確に構築
・無花粉など有用な品種の開発・育成が加速
・気候変動の針葉樹への影響を正確に予測可能

概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、東京大学、基礎生物学研究所、新潟大学、筑波大学、国立遺伝学研究所の研究グループは、スギの全染色体をカバーする塩基配列を解読、約5万個の遺伝子とその位置もほぼ特定し、種を代表する標準配列「参照ゲノム配列」を構築しました。スギのゲノムは巨大なため、解読が遅れていましたが、最新の分析技術を使った配列構築により、約55,000個の遺伝子を同定しました。無花粉など有用な品種の開発をはじめ、スギの進化過程の予測や気候変動の影響予測に役立つものと期待されます。本研究成果は、2023年1月15日に米国サンディエゴで開催されたPlant and Animal Genome 30(PGA30)国際会議のForest Tree Workshopで口頭発表が行われ、2月25日にはbioRxivでプレプリントが公開されました。

背景
スギは青森から鹿児島まで天然に分布するヒノキ科の常緑針葉樹です。加工のしやすさから古くから幅広く活用されています。1960年代には経済成長による木材需要をまかなうため積極的に植林されました。しかし、花粉を大量に飛散するようになり「花粉症」が大きな社会問題になっています。
現在、花粉症発生源対策として苗木生産されている無花粉品種は、まれに起きる遺伝子異常で花粉ができなくなった「雄性不稔」*1の個体を利用したものです。さらに効率的な無花粉品種開発に向け、雄性不稔をもたらす遺伝子とその塩基配列を解明(「遺伝子の単離」)することが求められています。
スギはイネの20倍以上という巨大で、複雑なゲノムを持っているため、その配列の解読*2が困難でした。個体も寿命が長く、巨大なため、人工交配による遺伝的な解析にも時間と労力がかかっていました。しかし、近年のゲノム解析技術の進歩によって、巨大なゲノムであってもその解読が容易に可能になってきました。
公益財団法人かずさDNA研究所と森林総合研究所林木育種センターは昨年11月、2,741本からなるスギの参照ゲノム配列を公開しました。ただ、ゲノム配列同士の位置関係やどのような遺伝子が何個存在するかなど詳細な全体像は未解明のままでした。
内容
研究グループは、スギが持つ11本の全染色体*3のそれぞれのゲノム配列を端から端まで正確に解読し、高精度な参照ゲノム配列*4を構築しました(図1)。解読を容易にするため、「自殖」*5したスギ1個体から抽出したDNAを使いました。最新の分析技術で解読した結果、全染色体をカバーする91億塩基対が確認されました。これらのうち97.4%について染色体上での位置を特定できました。
遺伝学的に別途作成されているスギの遺伝子地図(連鎖地図*6)と、この参照ゲノム配列とを突き合わせたところ、遺伝子判定の目印となっている特定の塩基配列(DNAマーカー)約6,500個それぞれが正しく照応していました。この参照ゲノム配列には約55,000個の遺伝子が予測されましたが、これらの遺伝子の位置関係も正確にわかります。現在知られている4つの雄性不稔遺伝子の染色体上の位置についても、今回構築した参照ゲノム配列によって近傍両側のDNAマーカーを含めて特定することができました。
また、類似した塩基配列が繰り返し続く「繰り返し配列」がゲノム全体の81%以上を占めることも見いだされました。「繰り返し配列」同士の違いを解析した結果、様々な種類の「繰り返し配列」が見つかりました。「繰り返し配列」の種類ごとに数が飛躍的に増えた時期は異なり、ごく最近からおよそ700万年前までの特定の時期に数が増えたものと推定されました。
なお、参照ゲノム配列はウェブブラウザで検索可能です。
ForestGEN (SUGI): https://forestgen.ffpri.go.jp/jp/info_sugi1.html
スギ全染色体の塩基配列解読に成功~無花粉品種の効率開発や気候変動影響の高精度予測可能に~図1 スギの参照ゲノム配列
内側の環から遺伝マーカーの密度、塩基配列の組成(GC含量)、配列の不確かさの割合(N%)、「繰り返し配列」の密度、遺伝子の密度、染色体番号(1~11)、および物理距離(Mb)を表します。

今後の展開
今回構築した参照ゲノム配列により、雄性不稔など特定の性質に関係する遺伝子を迅速に単離できるようになるため、有用な品種の開発・育成が加速されます。加えて、ゲノムや遺伝子には進化の道筋が記録されていることから、スギが地球規模での気候変動にどのように適応して生き延びてきたのか、さらには今後も生存していけるのかいうことについて、より正確に予測できるようになります。そして森林資源として重要な針葉樹林の遺伝的な管理や育種に役立てることができます。

論文
論文名  A chromosome-level genome assembly of a model conifer plant, the Japanese cedar,  Cryptomeria japonica D. Don
著者名  Takeshi Fujino, Yamaguchi Katsushi, Toshiyuki T Yokoyama, Toshiya Hamanaka, Yoritaka Harazono, Hiroaki Kamada, Wataru Kobayashi, Tokuko Ujino-Ihara, Kentaro Uchiyama, Asako Matsumoto, Ayako Izuno, Yoshihiko Tsumura, Atsushi Toyoda, Shuji Shigenobu, Yoshinari Moriguchi, Saneyoshi Ueno, Masahiro Kasahara
掲載誌  bioRxiv
DOI  https://doi.org/10.1101/2023.02.24.529822
研究費  森林総合研究所交付金プロジェクト「有用遺伝子の特定に向けたスギ全ゲノム塩基配列の概要解読」、「有用遺伝子の特定に向けたスギ全ゲノム走査」、「スギの基盤遺伝情報の高精度化と有用遺伝子の機能解明」、農林水産省 農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業および生研支援センター イノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「無花粉スギの普及拡大に向けた DNA マーカー育種技術と効率的な苗木生産技術の開発(Project ID 28013B)」、文部科学省科学研究費補助金「植物の巨大なゲノムを解読・解析する手法(20H03239)」、基礎生物学研究所共同利用研究「スギの全ゲノム配列の解読(15-829、16-403、17-405、18-408、19-420、20-428、21-302、22NIBB402)」
注意:本論文は査読前のプレプリントとして公開されたものです。今後、学術雑誌での査読により記載内容の一部が修正される可能性があります。

用語解説
*1 雄性不稔
正常な花粉ができない現象のことを雄性不稔といいます。環境に原因がある場合や遺伝子に原因がある場合があります。遺伝子に異常があるために花粉ができない雄性不稔スギは、花粉症対策に有望です。

*2 解読
ゲノムの解読には様々な段階があります(図2)。まず高品質(高分子量)のDNA抽出からはじまります。スギでは春先に芽吹いたばかりの針葉からDNAを抽出しました。そしてDNAシーケンサー(塩基配列を解読する装置)から出力される「リード」配列を収集します(「シーケンシング」)。次に「アセンブリー」の過程で、重なり合うリード配列を整列してまとめることで「コンティグ」配列を作成します。さらにコンティグ同士をつなぎ合わせていくこと(「スキャフォルディング」)で、染色体規模につなぎ合わされた巨大な配列を得ることができます。コンティグ配列だけでも研究や育種に際して有効な情報を含んでいますが、この段階では塩基配列が未知の遺伝子を同定することは困難な場合があります。染色体規模の巨大な参照ゲノム配列では、どのような標的遺伝子でもその両端にDNAマーカーを見つけることができます。その区間に存在する遺伝子の種類や数、またそれらの遺伝子間の位置関係を含めて正確に把握することができます。
fig2.jpg

図2 ゲノム解読の主な段階

*3 染色体
DNAの2重螺旋は折りたたまれて染色体と呼ばれる構造を形成し、細胞の核の中に存在しています。生物によって染色体の本数は決まっています。スギでは11本の染色体が存在し、受精の際には種子親と花粉親のそれぞれから受け継いだ相同な11本の染色体が接合して新しい個体の染色体となります。

*4 参照ゲノム配列
種を代表するゲノム配列で、この配列を基準にすることで近縁の種間での配列を比較したり、種内の品種間の配列を比較したりするなどの高度な解析を統一的に行うことができます。

*5 自殖
スギをはじめとする針葉樹は一般に自分以外の個体から花粉を受け取り受精して次世代の種子を作ります。このような交配を他殖と呼びます。他殖では花粉親と種子親の両方から1セットの遺伝情報(ゲノム)を次世代で受け取ることになります。一方で自分の花粉を自分の卵と受精させて種子を作る交配を自殖と呼んでいます。自殖を行うと次世代では多様性が減ってしまいます。ゲノム解読の難易度の観点からは自殖により多様性が減少した個体の方が解読に必要なデータ量が少なくて済むために有利になります。
photo1.jpg

写真1 ゲノム解読に使用したスギの自殖系統(茨城県つくば市)

*6 遺伝子地図(連鎖地図)
遺伝マーカー間の関係性(相関)を表す用語が連鎖です。遺伝マーカー間の連鎖の程度を表した地図が遺伝子地図(連鎖地図)です。遺伝マーカーとしてはDNAマーカー(特定の塩基配列)が広く使われていますが、遺伝する性質のものであれば遺伝マーカーとして利用できます。雄性不稔という性質も遺伝マーカーになります。人工交配を行って子供の世代(次世代)を観察すると、お互いに同じ染色体に近接して存在する遺伝マーカーはメンデルの「独立の法則」には従わず、相伴って次世代で観察される場合が多くなります。お互いに連鎖している遺伝マーカーが同じ染色体に存在することを利用して、ゲノム解読により構築された配列に間違いがないかを確認することができます。

お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 樹木遺伝研究室
チーム長 上野真義

基礎生物学研究所 超階層生物学センター
教授 重信秀治

【報道に関するお問い合わせ】
森林総合研究所 企画部広報普及科広報

細胞遺伝子工学
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