2023-11-21 岡山大学,摂南大学,東京大学
発表のポイント
- 光は、光合成に必要なエネルギー源ですが、同時にタンパク質でできた光合成を担う装置(光化学系II)を傷つけてしまいます。
- 光化学系IIには電気系統のヒューズのように傷つきやすい部品タンパク質があり、傷つくと速やかに交換されます。しかし、その部品タンパク質が傷ついていることをどのように見分けるかは謎のままでした。
- 今回、部品タンパク質内の特定のアミノ酸が酸化されることがその目印になることを日本、中国、フランス、ドイツの国際共同研究により解明しました。この成果は、光合成の効率を高めるなどの応用への貢献が期待されます。
発表概要
岡山大学資源植物科学研究所・光環境適応研究グループの坂本亘教授、摂南大学農学部応用生物科学科の加藤裕介講師、東京大学先端科学技術研究センター/同大学大学院工学系研究科の石北央教授、斉藤圭亮准教授らのグループは、中国科学院、フランス国立科学研究センター、ミュンスター大学などのグループと共同で、光合成の明反応を担う分子サイズの装置「光化学系II(注1)」の機能維持に重要である光化学系II修復が、どのように引き起こされるかの分子メカニズムを明らかにしました。
光合成には光が必要ですが、光は同時に活性酸素を生じ、光合成装置を傷つけてしまうことが知られています。光合成装置の光化学系IIはさまざまなタンパク質からなる複合体ですが、その部品であるタンパク質がダメージを受けてしまうのです。植物などの光合成生物は傷ついた部品タンパク質を取り替えるという仕組みを創り上げてきました(光合成装置の修復(注2))。しかし、細胞の中でどのように傷ついた部品タンパク質と無傷の部品タンパク質を見分けているかは謎のままでした。今回の研究では、光合成装置の中でヒューズのような役割をする部品タンパク質に生じるアミノ酸の酸化(注3)がきっかけとなり、傷ついたタンパク質が取り除かれ、修復されることが明らかとなりました。
効率的に傷ついた光合成装置を修復する仕組みをより詳しく理解することは、光合成効率の向上につながると考えられます。
この研究成果は11 月21 日8時(グリニッジ標準時)に、国際科学誌「eLife」に掲載されました。
研究者からのひとこと
たくさんのタンパク質が組み合わさってできている光合成装置は知れば知るほど精密な機械みたいです。その精密な装置ではどうしても部品が壊れてしまうことがあるのですが、壊れた部品をちゃんと見分ける仕組みまであるのは驚きです。 たくさんの部品の中から、壊れた部品を見分け、それだけ作り直す。植物ははるか以前からリサイクルをしていたのですね(坂本亘教授)。
通常、人工のデバイスは、壊れずに長年使い続けられるように設計されます。ところが、光合成装置の部品は逆に頻繁に壊れることを前提としていて、故障を検知するとすぐにリサイクルされ、新しい部品に作り直されます。光合成生物が「生きている」からこそ実現できるこの大胆な設計思想により、高効率な光エネルギー変換を実現させているのです(追記:斉藤圭亮准教授)。
発表内容
<現状>
光合成は植物だけでなく、私たち人間をはじめ、すべての生物が地球上で生きていくための基盤となっています。地球上ではさまざまな環境で植物をはじめとする光合成生物が繁茂し、多様な生態系の基礎を作り出していますが、光合成生物の起源と考えられるシアノバクテリアから森の木々まで、光エネルギーを吸収する基本的な仕組みは驚くほど共通しています。光合成ではその駆動力として光を使います。しかし、私たちが太陽光を浴びて日焼けをするように、光は同時に光合成装置を傷つけてしまうことが知られています。そこで光合成生物は、傷ついた光合成装置を修復するメカニズムを発達させてきました。面白いことに、光合成装置では電子機器のヒューズのように真っ先に傷つくタンパク質があります。光合成装置で中心的な役割を果たしているD1というタンパク質です。光合成装置の修復では傷ついたD1タンパク質(注4)だけを入れ換えることで、装置全体の機能を回復させる仕組みができ上がっています。この過程では傷ついたD1タンパク質をタンパク質分解酵素が分解し、新たなD1タンパク質を装置に組み込みます(図1)。葉緑体の中には光合成装置がたくさん存在します。その中でD1タンパク質が損傷している装置を正確に見極め、分解・交換する必要がありますが、これまで、タンパク質分解酵素がどのように分解すべき傷ついたD1タンパク質を見分けているかは明らかにされていませんでした。
図1:光ストレスとその防御~光合成装置を「直す」~
<研究成果の内容>
坂本教授の研究グループは、斑入り葉の研究から光合成装置の傷ついたタンパク質を選択的に分解するタンパク質分解酵素FtsHを見つけ出し、これまで研究を続けてきました。タンパク質分解酵素FtsHは、強光などにより傷ついたD1タンパク質の分解に重要な役割を果たすことは知られていましたが、どのように傷ついたD1タンパク質を見分けているかは未解明のままでした。今回の研究では、岡山大学の小澤真一郎助教(特任)、摂南大学の加藤裕介講師、東京大学の石北央教授と斉藤圭亮准教授、中国科学院、フランス国立科学研究センター、ミュンスター大学らによる4カ国6機関による国際共同研究で、この疑問の解明に取り組みました。
D1タンパク質は光合成装置である光化学系IIのなかで、明反応の中心的な役割を担っており、その反応の結果として活性酸素が生じることがわかっていました。また、一般に活性酸素はタンパク質を酸化させることでダメージを与えることもわかっていました。これらのことから活性酸素の発生場所であるD1タンパク質が真っ先に損傷するのは活性酸素による酸化と推測できます。そこで研究グループは、物質のわずかな質量の違いを測定する最新の質量分析器の解析を利用して、光化学系IIの部品タンパク質に生じるアミノ酸の酸化を検出しました。その結果、D1タンパク質では2カ所に、ほかの部品タンパク質でも、アミノ酸に不可逆的な酸化が生じていることが見出されました。この不可逆的なアミノ酸の酸化が傷ついたタンパク質としての目印になると考え、それを確かめる実験をしました。複数の部品タンパク質で観測されたアミノ酸の酸化を模して、酸化した場合と似た構造になるように変異を導入した部品タンパク質を4種類つくり、タンパク質分解酵素FtsHと反応させたのです。その結果、D1タンパク質の特定の1カ所のアミノ酸が酸化されたものだけが強光下ですばやく分解されることが確かめられました。また、理論化学に基づいたシミュレーションによる解析では、D1タンパク質の特定のアミノ酸が酸化されることで周辺タンパク質との水素結合が失われ、D1タンパク質の末端の構造が緩むことがわかりました。すなわち、不可逆的なアミノ酸酸化により引き起こされるD1タンパク質末端の構造変化を、タンパク質分解酵素FtsHが捉え、傷ついたタンパク質を見分けていることが明らかになりました(図2)。
今回の研究は、モデル植物であるシロイヌナズナと光合成研究のモデル生物である緑藻クラミドモナスを用いて、得られた結果です。光合成装置は、原始的な光合成生物から植物までほぼ共通しており、同じ仕組みが光合成生物で普遍的に働いていると予想されます。
図2:D1タンパク質の特定アミノ酸が酸化されると隣接するタンパク質との水素結合が失われ、構造が緩む。この変化が傷ついたタンパク質を見分ける目印となる。
<社会的な意義>
今回の研究で、傷ついたタンパク質を見分けるという最も基本的な仕組みを明らかにすることができました。故障した機械をすぐに修理して生産性を上げるように、機能が低下したタンパク質をすばやく除去し、修復することは光合成の効率を保つために必要不可欠です。今回の研究を通し、さらに効率的な修復機構をつくり出すことは、光合成効率を上げる技術へつながると期待されます。また、同じ仕組みが光合成物で普遍的にあることが期待され、植物だけでなく、バイオ燃料などの生産に使われる藻類などへの応用も期待されます。
発表者
東京大学 先端科学技術研究センター 理論化学分野
石北 央(教授)
斉藤 圭亮(准教授)
論文情報
- 雑誌:eLife(11月21日)
- 題名:Characterization of Tryptophan Oxidation Affecting D1 Degradation by FtsH in the Photosystem II Quality Control of Chloroplasts
- 著者:Yusuke Kato, Hiroshi Kuroda, Shin-Ichiro Ozawa, Keisuke Saito, Vivek Dogra, Martin Scholz, Guoxian Zhang, Catherine de Vitry, Hiroshi Ishikita, Chanhong Kim, Michael Hippler, Yuichiro Takahashi, and Wataru Sakamoto
- DOI:10.7554/eLife.88822
研究助成
本研究は、科学研究費(学術変革領域Aおよび基盤研究B)、公益社団法人大原奨農会の研究助成により行われました。また本研究の一部は、岡山大学の生命科学RECTOR国際光合成拠点プログラムによるドイツとの国際共同研究として行われた成果です。
用語解説
(注1)光化学系II
光合成の明反応における重要なタンパク質複合体。光エネルギーを利用して、光合成反応の始まりとなる水分子から電子を取り出すプロセスを担う。この水分解の副産物として、酸素が発生する。
(注2)光合成装置の修復
光化学系IIは光によって損傷を受ける。この損傷は光化学系IIの反応中心であるD1タンパク質に集中することが知られており、損傷したD1タンパク質のみを分解/新規タンパク質合成により入れ換えることで光化学系IIの機能を維持している。この一連の反応は光化学系II修復と呼ばれる。
(注3)アミノ酸の酸化
タンパク質を構成するアミノ酸は活性酸素種により酸化される。メチオニン残基やシステイン残基のように酸化されても戻ることのできる可逆的な酸化と、今回の研究で注目したトリプトファン残基の酸化のように不可逆的に酸化されるものがある。
(注4)D1タンパク質
光化学系IIタンパク質複合体の中心にある最も重要なタンパク質のひとつ。 相同なD2タンパク質と対となり、光化学系IIでの反応に必要な反応中心クロロフィルと結合する。
問合せ先
東京大学 先端科学技術研究センター 理論化学分野
准教授 斉藤 圭亮(さいとう けいすけ)