日本から産出したヒメウミスズメ類化石を確認~太平洋中緯度地域の「大西洋型」海鳥~

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2020-01-21 京都大学

渡辺順也 理学研究科教務補佐員(現・英国ケンブリッジ大学Newton International Fellow)、松岡廣繁 同助教らの研究グループは、千葉県から産出した化石について分類的位置づけを検討したところ、海鳥ヒメウミスズメ(学名Alle alle)に近縁と思われる化石を新たに確認しました。

生物の過去の分布を復元するためには、化石記録から得られる情報が不可欠ですが、日本を含む太平洋西岸域では海鳥の化石記録は乏しく、海鳥の分布の変遷を議論する材料はほとんどありませんでした。本研究グループは、この空白を埋めるべく、日本産の更新世(約260万~1万年前の地質時代)の海鳥化石の研究を行ってきました。

ヒメウミスズメは現在ではほぼ大西洋と北極海にのみ分布しており、日本などの太平洋沿岸の中緯度域では極めてまれにしか見られません。今回の化石の産出は、かつてこの仲間が日本近海にも比較的普通に生息していた可能性を強く示唆しています。したがって、ヒメウミスズメ類は化石の時代(約70万年前)から現在までの間に太平洋における分布を縮小したことになります。ヒメウミスズメが現在大西洋で最も繁栄している海鳥であることを考えると、この仲間が太平洋で分布を縮小したことは奇妙でさえあります。このような分布の縮小が起こった原因は現時点では不明であり、今後のさらなる化石の発見と研究の発展が待たれます。

本研究成果は、2020年1月21日に、国際学術誌「Journal of Vertebrate Paleontology」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図(ヒメウミスズメの写真提供:Justin Ammendolia氏)

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1080/02724634.2019.1697277

Junya Watanabe, Akihiro Koizumi, Ryohei Nakagawa, Keiichi Takahashi, Takeshi Tanaka & Hiroshige Matsuoka (2020). Seabirds (Aves) from the Pleistocene Kazusa and Shimosa groups, central Japan. Journal of Vertebrate Paleontology, e1697277.

詳しい研究内容について

日本から産出したヒメウミスズメ類化石を確認
―太平洋中緯度地域の「大西洋型」海鳥―

概要
生物の過去の分布を復元するためには、化石記録から得られる情報が不可欠ですが、日本を含む太平洋西岸域では海鳥の化石記録は乏しく、海鳥の分布の変遷を議論する材料はほとんどありませんでした。京都大学大学院理学研究科 渡辺順也 教務補佐員 (研究当時、現 英国ケンブリッジ大学 Newton International Fellow)、松岡廣繁 同助教らの研究グループは、この空白を埋めるべく、日本産の更新世 (約 260 万~1 万年前の地質時代)の海鳥化石の研究を行ってきましたが、今回千葉県から産出した化石を検討したところ、海鳥ヒメウミスズメ 学名Alle alle)に近縁と思われる化石を新たに確認しました。
ヒメウミスズメは現在ではほぼ大西洋と北極海にのみ分布しており、日本などの太平洋沿岸の中緯度域では極めてまれにしか見られません。今回の化石の産出は、かつてこの仲間が日本近海にも比較的普通に生息していた可能性を強く示唆しています。したがって、ヒメウミスズメ類は化石の時代 (約 70 万年前)から現在までの間に太平洋における分布を縮小したことになります。ヒメウミスズメが現在大西洋で最も繁栄している海鳥であることを考えると、この仲間が太平洋で分布を縮小したことは奇妙でさえあります。このような分布の縮小が起こった原因は現時点では不明であり、今後のさらなる化石の発見と研究の発展が待たれます。
本成果は、2020 年 1 月 21 日に米国の国際学術誌 「Journal of Vertebrate Paleontology」にオンライン掲載されました。

ヒメウミスズメの写真は Justin Ammendolia 氏のご厚意による

1. 背景
海鳥は海洋生態系の高次捕食者であるため、その分布や数は海洋のさまざまな環境要因の影響を受けます。地球の歴史においては大規模な気候変動が繰り返し起こってきたため、このような気候変動に対して海鳥がどのように応答してきたかについては盛んに研究が行われてきました。特に北太平洋はこのような研究において中心的な場所となってきましたが、日本を含む北太平洋の西岸域では更新世の海鳥の化石記録は少なく、海鳥の過去の分布の変遷と現在の分布の成立を議論する材料は著しく不足していました。
本研究グループは、このような化石記録の欠如を補うため、日本産の更新世の海鳥化石について研究を行ってきました。特に、最近青森県の化石産地 (約 30 万年前および 10 万年前)の海鳥化石群について分類学的な検討を行い、北太平洋西岸域の海鳥の過去の分布の変遷を議論するための基礎を得ました。そこで、次の段階として、比較的まとまった数の化石が産出し、時代が正確にわかっている千葉県の上総層群および下総層群産の鳥類化石の検討を行いました。

2. 研究手法・成果
過去に共同研究者により採集され研究を委託された化石標本や、国立科学博物館に所蔵されている上総層群 下総層群産の鳥類化石標本について、現生する鳥類種の骨格標本や青森県産の化石標本との比較から、それぞれの標本の分類学的位置づけの検討 (同定)を行い、どのような種が化石として産出しているかを明らかにしました。結果として、計 17 点の標本を同定することができ、これらには少なくともカモ類、アホウドリ類、絶滅したマンカラ亜科鳥類など 9 種の鳥類が含まれていることが明らかになりました。これら 9 種の多くは現在の日本近海にみられる種や先述の青森県産の化石群に含まれる種と共通であり、産出はある程度予想通りだったといえます。しかし、この中には現生種のヒメウミスズメ (学名Alle alle)とごく近縁と思われる化石が含まれており、これが後述するように予想外の発見となりました。
ヒメウミスズメ類の化石は、鳥類では翼の根元の部分にあたる上腕骨と呼ばれる部位のもの 1 点で、千葉県君津市の市宿 (いちじゅく)の中期更新世 (約 70 万年前)の上総層群の地層から採集されました。厳密に言えば、この化石が現生のヒメウミスズメに属するものか、あるいはごく近縁な別種に属するものかはわかりませんが、この化石はヒメウミスズメのみに見られる特徴を持っているため、少なくとも現生ヒメウミスズメにごく近い系統に属するものであることは確かであると考えられます。
ヒメウミスズメは、主に動物プランクトンを捕食する潜水性の海鳥の一種です。その分布は、現在では北大西洋および北極海にほぼ限られており (添付図)、ベーリング海に小規模な繁殖地があるものの、同種は日本のような太平洋沿岸の中緯度地域では極めてまれな種です。日本では過去に数例観察記録があるものの、これらはいずれも単独の個体が本来の分布域から迷い出た 迷鳥」であるとされています。そのような迷鳥が化石として残される頻度は、当時付近に普通に分布していた鳥が化石として残される頻度に比べてごく小さいと考えられるため、当時の日本近海にはヒメウミスズメ類が比較的普通に分布していたと考えるのが自然です。
ヒメウミスズメ類の化石の産出は、日本ではもちろん、ロシアや北米などを含めた太平洋沿岸地域では初の例となります。

3. 波及効果、今後の予定
ヒメウミスズメ類がかつて日本近海に生息していたにもかかわらず、現在の太平洋沿岸の中緯度地域ではほとんど見られないということは、今回の化石の時代 (約 70 万年前)から現在までの間にヒメウミスズメ類の太平洋における分布が縮小したことを示しています。現生のヒメウミスズメは、大西洋では数百万羽が繁殖する最も繁栄した海鳥種であり、短期的な海洋環境の変動にも柔軟に応答することが知られています。このことを考えると、太平洋にかつて生息していたヒメウミスズメの仲間がその分布を失ったというのは奇妙ですらあります。
しかし、先述のように、北太平洋西岸域におけるこの時代の海鳥の化石記録は非常に乏しいため、このような分布の縮小がいつ、なぜ起こったかについて議論する材料はほとんどないのが現状です。今後、日本を含む太平洋西岸域におけるさらなる化石の発見と研究の進展、さらに海鳥類の過去の分布と古環境学的な知識の統
合によって、このような分布の縮小が起こった原因について手掛かりが得られるかもしれません。

4. 研究プロジェクトについて
本研究は過去に様々な所属の研究者 アマュアア化石採集家により採集された化石標本をもとに行われました。これらの標本は現在京都大学および国立科学博物館に所蔵されています。特にここで取り上げたヒメウミスズメ類化石は共著者の一人田中猛氏 (小田原市在住)により採集されたもので、京都大学所蔵です。

<用語解説>
更新世 :地質時代区分のひとつで、約 260 万~1 万年前までの時代、つまり地球の歴史の中では現在の直前にあたる。この時期には数万年周期で地球規模の気候変動が起こっており、寒冷な氷期 俗にいう氷河期)と比較的温暖な間氷期が交互に繰り返していた。現在の地球上の生物の分布はこの時期の気候変動を通じて形成されたと考えられている。なお、約 1 万年前以降の時代 つまり現在)は間氷期のひとつにあたる。
上総層群: 房総半島、三浦半島、多摩丘陵などに分布する一連の更新世の地層で、更新世の前期から中期 約 240 万年前から 40 万年前)にかけて堆積した。この時代、現在の関東地方の中南部に陸地はほぼ存在せず、これらの地層も海底で堆積した。
下総層群: 房総半島北部を中心に関東地方に広く分布する一連の更新世の地層で、上総層群の堆積後、その上を覆うように更新世の中期から後期 約 40 万年前から数万年前)にかけて堆積した。この時代の関東地方は気候変動に伴う海水準変動によって陸化と水没を繰り返していた。
マンカラ亜科: 現生のウミスズメ科に近縁な絶滅した海鳥のグループで、中新世の終わりから後期更新世 約 600 万年前から 10 万年前ごろ)にかけて北太平洋沿岸に分布していた。進化の過程で飛翔力を失っており、ペンギンのような生態を持っていたと考えられている。近年の化石の発見により、この仲間が更新世には日本にも生息していたことが明らかになっている。

<研究者のコメント>
近年の化石の発見により、さまざまな鳥類のグループで、現在われわれの見ている分布は過去の分布の一部が残されたものに過ぎないことがわかりつつあります。今回の発見は地球の大きな時間 空間スケールと比べればごく小さな断片にすぎませんが、このような成果の積み重ねがより大きな知見の形成につながればと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル :Seabirds (Aves) from the Pleistocene Kazusa and Shimosa groups, central Japan
(中日本、更新世上総層群および下総層群より産出した海鳥化石)
著 者: 渡辺順也 小泉明裕 中川良平 高橋啓一 田中猛 松岡廣繁
掲 載 誌: Journal of Vertebrate Paleontology
DOI :10.1080/02724634.2019.1697277

<参考図表>

現生ウミスズメの分布 濃い赤は繁殖地、薄い赤は普通の分
布域、点線はごくまれな分布域の限界とされるもの)、および
ウミスズメ類の化石産地の分布 枠付の円、色は時代を示す)


ヒメウミスズメ類化石の写真。同じ標本を両面から見たもの

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