大人の神経細胞を接続する「シナプス」の数を調節するしくみ:名市大医学部生らが発見~脳疾患の治療法開発への新たな期待~

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2022-03-18 名古屋市立大学,生理学研究所,日本医療研究開発機構

名古屋市立大学大学院医学研究科脳神経科学研究所の澤本和延教授(生理学研究所兼任)と榑松千紘(医学部4年生)らの研究グループは、生理学研究所、東京薬科大学などの研究者と共同で、成体の脳で新しく作られた神経細胞の「シナプス」の数を調節する仕組みを解明しました。

哺乳類の脳では、大人になっても新しく神経細胞(ニューロン*1)が作られています。新しいニューロンは、シナプス*2という構造を作ってほかのニューロンと接続し、高度な機能を持つ神経回路を作ります。シナプスの数を適切に保つことは、脳が正常に発達し、適切に機能するために重要ですが、その数を調節するしくみは、十分に解明されていません。

本研究では、マウスを用いた実験によって、ニューロンの近くに存在するミクログリア*3という細胞が、ホスファチジルセリン(PS)*4という分子が表面に出た余分なシナプスを「食べる」ことで、シナプスの数を調節していることを見出しました。PSは、通常は細胞膜の内側に存在していますが、情報の入力が弱いシナプスでは細胞の表面に出てくるため、これを目印として、ミクログリアが余分なシナプスを見つけて、食べることが分かりました。さらにこのしくみは、ニューロンの機能にも重要であることも示しました。

本研究の成果は、例えば自閉症など、ミクログリアやシナプスの異常に関連がある病気の研究にも役立つことが期待できます。

本研究成果は、2022年3月17日(米国東部時間)に、医学部4年生(MD PhDコース)の榑松千紘を筆頭著者として、米国科学誌「Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタルメディシン)」電子版に掲載されました。(日本時間2022年3月17日)

大学生(学部生)の論文が同誌に掲載されるのは異例であり、次世代研究者として今後の活躍が期待されます。

研究のポイント
  • 大人の脳で作られた新しいニューロンは、ほかのニューロンとシナプスを形成しながら成熟し、高度な機能を持つ神経回路を作ります。
  • 本研究では、成体マウスの脳で作られた新しいニューロンの成熟過程で、入力の弱いシナプスの表面にホスファチジルセリン(PS)が出ることを発見しました。
  • PSが表面に出たシナプスは、周囲に存在するミクログロリアという細胞に食べられて除去されることが明らかになりました。
  • PSが表面に出たシナプスが適切に食べられることが、ニューロンの機能にも重要であることが分かりました。
背景

哺乳類の脳では、誕生後の脳にも神経幹細胞が存在し、新しくニューロンが作られています。新しいニューロンは、成熟する過程で、既に存在するほかのニューロンとシナプスを形成し、高度な機能を持つ神経回路を作ります。この過程には、ニューロンの近くに存在するミクログリアという細胞が重要な働きをしていることが分かっています。ミクログリアには、余分なものを「食べる」(貪食する)働きがあり、死んだ細胞のほか、発達期の余分なシナプスを食べることが分かっています。しかし、成体脳で新しく作られたニューロンの成熟過程で、余分なシナプスが食べられることについては不明な点が多く、そのメカニズムもよく分かっていませんでした。

研究の成果

本研究では、ミクログリアがシナプスを貪食するメカニズムを明らかにするために、ホスファチジルセリン(PS)という分子に注目しました。PSは、通常は細胞膜の内側に存在する分子ですが、死んだ細胞や発達期のシナプスでは、PSが細胞膜の外側に出てくるため、ミクログリアにより貪食されることが分かっています。

まず、電子顕微鏡を用いて、ミクログリアを詳しく観察したところ、ミクログリアがシナプスを貪食する様子が観察されました(図1A)。

次に、PSの局在を調べたところ、成体マウスの脳内のシナプスにおいても、PSが細胞膜の外側に出ていることを確認しました(図1B左、図2左)。さらに、PSは入力の弱いシナプスの表面に多く出ていることが分かりました(図1B)。

最後に、細胞膜の外側に出たPSをマスクできる遺伝子改変マウス(D89Eマウス)を作製し、ミクログリアやシナプスの様子を観察しました。その結果、D89Eマウスでは、ミクログリアがシナプスをうまく貪食できず、余分なシナプスが残ってしまうことが分かりました(図2右)。さらに、このマウスのニューロンは、電気生理学的な異常が見られることが分かりました(図1C)。

これらの結果から、ミクログリアによる成体新生ニューロンのシナプス貪食はPS依存的であり、この仕組みは新生ニューロンの成熟に重要であることが示されました。


図1 本研究の成果© 2022 Kurematsu et al. Originally published in Journal of Experimental Medicine. https://doi.org/10.1084/jem.20202304

  1. ミクログリアによって貪食されたシナプスの電子顕微鏡撮影画像。ミクログリア(緑)の中にシナプス(青)が取り込まれている。
  2. 入力の強いシナプスがEGFP(緑)で光る遺伝子改変マウス(AiCEマウス)を用いてPS(白)の局在を調べた顕微鏡撮影画像。
    (左)EGFPで光らない、入力の弱いシナプスの表面にPSが出ている。
    (右)EGFPで光る、入力の強いシナプスの表面にはPSが出ていない。
  3. D89Eマウスで見られた電気生理的な異常。D89Eマウスでは、振幅が小さく、間隔が広がっていることから、シナプスが十分に成熟できていないと考えられる。


図2 本研究の概要図(左)大人の脳で新しく作られたニューロンが成熟する過程で、ミクログリアがホスファチジルセリン(PS)が表面に出たシナプスを食べることを発見。PSが表面に出たシナプスが適切に食べられることで、シナプスが成熟し、正常な神経回路を形成する。
(右)PSをマスクしたマウス(D89Eマウス)では、ミクログリアはPSが表面に出たシナプスを認識できず、食べることができない。その結果、シナプスが十分に成熟せず、脳機能にも影響を与えると考えられる。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

最近の研究で、人でも新生児期には、脳室下帯や海馬で新生ニューロンが産生されることがわかっており、ミクログリアによるシナプス貪食は生後の脳発達に重要だと考えられます。また、自閉症などの病態にも、ミクログリアやシナプス密度の異常が関連していることが分かっています。今後、病態モデルマウスを利用して、PSとミクログリアによるシナプス貪食の関連を調べることで、新たな治療法の開発に役立つと期待されます。

研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「ニューロン移動による傷害脳の適応・修復機構とその操作技術」(研究開発代表者:澤本 和延)、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金などによる助成を受けて行われました。

論文情報
論文タイトル
Synaptic pruning of murine adult-born neurons by microglia depends on phosphatidylserine
著者
榑松千紘1、澤田雅人1,2、大村谷昌樹3、田中基樹4、久保山和哉1、荻野崇1、松本真実1,5、 大石久史6、稲田浩之7、石戸友梨1、榊原悠紀菜1、Huy Bang Nguyen5,8、Truc Quynh Thai5,9、 高坂新一10、大野伸彦11,12、山田麻紀13、浅井真人4、曽我部正博14、鍋倉淳一7、浅野謙一15、田中正人15、澤本和延1,2
所属
1 名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達・再生医学分野
2 自然科学研究機構 生理学研究所神経発達・再生機構研究部門
3 兵庫医科大学 遺伝学分野
4 愛知県医療療育総合センター 発達障害研究所 障害モデル研究部門
5 自然科学研究機構 生理学研究所 脳機能計測・支援センター 電子顕微鏡室
6 名古屋市立大学大学院医学研究科 病態モデル医学分野
7 自然科学研究機構 生理学研究所 生体恒常性発達研究部門
8 ベトナム・Ho Chi Minh医科薬科大学 解剖学
9 ベトナム・Pham Ngoc Thach医科大学基礎医科学部 組織・胚・遺伝学
10 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
11 自治医科大学医学部 解剖学講座 組織学部門
12 自然科学研究機構 生理学研究所 超微形態研究部門
13 徳島文理大学香川薬学部 薬理学講座
14 名古屋大学大学院医学研究科 メカノバイオロジー研究室
15 東京薬科大学生命科学部 免疫制御学研究室
学術誌名
Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタルメディシン)
DOI番号
10.1084/jem.20202304
用語解説
*1 ニューロン
脳に存在する神経細胞。様々な情報の伝達に関わっている。
*2 シナプス
ニューロン同士をつなぐ接合部のこと。シナプスに入力が入ることで、ニューロンからニューロンへ情報が伝えられる。
*3 ミクログリア
ニューロンの周囲に存在する免疫細胞で、不要なものを食べて取り除く働きがある。
*4 ホスファチジルセリン(PS)
細胞の膜を構成する分子の一つ。通常は、細胞の膜の内側に存在するため、外側からは認識されない(図3左)。細胞が死んだ時などに、細胞の膜の外側に露出し、ミクログリアなどに認識される(図3右)。
図3 ホスファチジルセリン(PS)の説明図(左)通常、PSは細胞膜の内側に存在する。
(右)死んだ細胞などでは、PSが細胞膜の外側に出るため、ミクログリアなどに認識される。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
名古屋市立大学大学院医学研究科脳神経科学研究所 教授 澤本和延

報道に関するお問い合わせ
名古屋市立大学 医学・病院管理部経営課

産学連携・共同研究等に関するお問い合わせ
名古屋市立大学 事務局大学管理部学術課
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

AMED事業に関するお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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