母親の子宮頸がんが子どもに移行する現象を発見

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2021-01-07 国立がん研究センター,東京慈恵会医科大学,聖路加国際大学聖路加国際病院,国立成育医療研究センター,東邦大学,北海道大学北海道大学病院,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 2名の小児がん患者の肺がんが、母親の子宮頸がんの移行によることを明らかにした。これらの患者では、生まれて初めて泣いたときに、母親の子宮頸がんのがん細胞が混じった羊水を肺に吸い込むことによって、母親の子宮頸がんのがん細胞が肺に移行したものであることを明らかにした。
  • 免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブが投与された1名の小児がん患者では、がんが消失するなど劇的な効果を示した。母親由来のがん細胞は子の免疫細胞から異物と認識されやすく、母親から子どもに移行したがんに対しては、免疫チェックポイント阻害治療が有効である可能性がある。
  • 母親の子宮頸がんの発症を予防することは、母親の子宮頸がんが子どもに移行する可能性の低減につながる可能性があり、子の健康のためにも母親の子宮頸がんの予防は重要と考えられる。
発表概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)中央病院小児腫瘍科(荒川歩医長、小川千登世科長ら)、研究所ゲノム生物学研究分野/先端医療開発センターゲノムTR分野(河野隆志分野長ら)を中心とした、東京慈恵会医科大学、聖路加国際病院、国立研究開発法人国立成育医療研究センター、東邦大学、国立大学法人北海道大学北海道大学病院からなる研究チームは、2名の小児がん患者の肺がんが母親の子宮頸がんの移行により発症したことを明らかにしました。

本研究成果は、中央病院で行っている臨床研究TOP-GEAR(トップギア)プロジェクト*1で小児がん患者の肺がんの遺伝子解析を行ったところ、患者本人ではない他人の遺伝子配列が検出されたことをきっかけに、“母親の子宮頸がんが出産時に子どもの肺へ移行する”という現象を発見するに至りました。

研究の成果は、国際学術誌「The New England Journal of Medicine」に発表されました(2021年1月6日付けオンライン掲載:日本時間2021年1月7日)。

(注)肺がんを発症する小児がん患者は、人口100万人中1人未満の大変まれながんです。

背景と研究の概要

TOP-GEARプロジェクトは、がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」の有用性を検証するために2013年より中央病院で実施している前向き臨床研究で、2017年からは小児がんも対象とし実施しています。「NCCオンコパネル」は、日本人のがんで多く変異が見られる遺伝子114個について、がんの組織と正常の組織を同時に調べることができます。

小児がん患者で肺にがんを持つ男児2名について、同プロジェクトで遺伝子の解析を行ったところ、男児の肺がんには本人以外の遺伝子配列が存在していることがわかりました。他人由来の遺伝子が検出された場合、通常は検査の過程で誤って他人の細胞が混じってしまった可能性を疑いますが、今回の場合、男児2名の母親はともに子宮頸がんを発症していたことから、男児の肺がんと正常の組織、母親の子宮頸がんと正常の組織について遺伝子を比較しました。その結果、男児の肺のがん細胞は2名ともに母親由来の遺伝情報を持っていることが明らかになりました(図1)。さらに、男児の肺のがん細胞は、本来男性の細胞に存在するY染色体のない女性の細胞であることが判明し、また男児と母親のがんの両方から子宮頸がんの原因となる同じタイプのヒトパピローマウイルス*2の遺伝子が検出されました。これらのことから、男児の肺がんは母親の子宮頸がんが移行して発症したと結論づけました。

母親の子宮頸がんが子どもに移行する現象を発見
図1 母と子どもの腫瘍の特徴の比較

母親のがん細胞が、胎盤を通る血液を通して子どもの様々な臓器に移行するケースは皮膚がんなどで知られています。しかし今回、男児の小児がんは2名とも肺のみにみつかりました。子どもは、出産直後に泣くことで呼吸を開始しますが、この際に羊水を吸い込みます。今回のケースは、母親の子宮頸がんのがん細胞が混じった羊水を肺に吸い込むことによって、母親の子宮頸がんのがん細胞が子どもの肺に移行し、小児での肺がんを発症したと考えられます(図2)。


図2 母から子どもの肺へのがん細胞の移行

今回のような羊水の吸入による母親から子どもへのがん細胞の移行は世界で初めての報告です。

また、今回見つかった小児がん患者の1名は、中央病院で実施している難治小児悪性固形腫瘍に対する医師主導治験で*3ニボルマブ*4が投与され、がんが消失するほどの劇的な効果がみられました。ニボルマブは、免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれる薬剤で、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃を強めることによってがん細胞を攻撃し、減少させます。母親由来の細胞は、子にとって自分の細胞ではないことから、子の免疫細胞によって異物と認識されます。今回の小児がん患者においては、がん細胞が本人ではなく母親由来であったため、子どもの免疫細胞が、がん細胞を異物として認識し免疫応答が高まったと考えられます。

今後の展望

本研究成果により、小児がんの検査で他人由来の遺伝子配列が検出された場合は、母親のがん由来である可能性と、母親のがんが移行した小児がん患者においては、免疫チェックポイント阻害治療が有望な選択肢になる可能性が示唆されました。これらを踏まえ、今後、以下が期待されます。

母親の子宮頸がんの発症を予防することで、母親由来のがんの子どもへの移行の防止にもつながることが期待される。
現在は、ヒトパピローマウイルスのワクチン接種を受けることができます。接種者が増えれば子宮頸がんの発症も減っていくと期待されます。また、定期的な検診の受診による早期発見も重要です。
遺伝子の情報に基づいた小児がんの治療開発の発展が期待される。
がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」では、がんと正常の両方の組織を検査に用いるため、患者本人以外の遺伝子ががんに混入していることを正確に判断することができ、今回の発見につながりました。小児がんは罹患数の少ない希少がんであり、標準治療が確立していない場合には、保険診療でがん遺伝子パネル検査を行う対象となります。そのため、保険適用以降、多くの小児がん患者さんが検査を受けています。保険診療で、がん遺伝子パネル検査を受けた患者さんの情報が蓄積され、さらに研究が進むことにより、小児がんの治療開発が進むことを期待しています。
がん遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル検査」について

「NCCオンコパネル検査」は、日本でのがんの治療開発の促進を目指し、国立がん研究センターが一丸となって開発に取り組んだ検査方法です。日本人のがんで多く変異が見られる114個の遺伝子の変異を検出し、また免疫チェックポイント阻害薬の治療効果に影響を与える腫瘍変異負荷の評価と、加えてがん患者さんが生まれながらにもつ遺伝子変異(生殖細胞系列変異)とがん細胞の中だけで起こっている遺伝子変異(体細胞遺伝子変異)を区別することができます。国立がんセンター研究所で開発した遺伝子検査試薬「OncoGuide™ NCCオンコパネル キットOncoGuide™ NCCオンコパネル キット」と遺伝子変異を検出するOncoGuide™ NCCオンコパネル 解析プログラム「cisCall(シスコール)」の有用性や、解析結果に基づき薬剤選択の検討を行うエキスパートパネルの体制などを、中央病院の臨床研究TOP-GEARプロジェクトや先進医療で検証することによって、2019年6月に保険適用に至りました。

また、国立がん研究センターがんゲノム情報管理センターでは、患者さんのがん遺伝子パネル検査の情報や診療情報を集積・利活用することで、新しい治療法の開発や研究を支援しています。

国立がん研究センターが開発した日本人のためのがん遺伝子パネル検査「OncoGuide™ NCCオンコパネルシステム」保険適用(2019年5月29日国立がん研究センタープレスリリース)

がんゲノム情報管理センター「がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査」

共同研究者
  1. 国立がん研究センター
    中央病院
    小児腫瘍科 荒川歩、小川千登世、熊本忠史、中島美穂
    臨床検査科 久保崇、角南久仁子、柿島裕樹
    病理診断科 元井紀子、吉田裕
    乳腺・腫瘍内科 米盛勧、野口瑛美
    小児腫瘍外科 川久保尚徳
    先端医療科 山本昇
    研究所
    ゲノム生物学研究分野 河野隆志、白石航也
    基盤的臨床開発研究コアセンター 市川仁、青木一教
    がんゲノミクス研究分野 柴田龍弘、新井康仁
    腫瘍免疫研究分野 西川博嘉、冨樫庸介
  2. 東京慈恵会医科大学
    産婦人科学講座 岡本愛光、黒田高史、山田恭輔、矢内原臨、高橋一彰
    病理学講座 清川貴子
  3. 学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院
    小児科 長谷川大輔
    女性総合診療部 小野健太郎
  4. 国立成育医療研究センター
    小児がんセンター 腫瘍外科 菱木知郎(当時)
  5. 東邦大学
    医学部 小児科学講座 松岡正樹
  6. 北海道大学病院
    小児科 真部淳、平林真介
発表論文
雑誌名
The New England Journal of Medicine , 2021;384:42-50.
タイトル
Vaginal Transmission of Cancer from Mothers with Cervical Cancer to Infants
著者名
Ayumu Arakawa, Hitoshi Ichikawa, Takashi Kubo, Noriko Motoi, Tadashi Kumamoto, Miho Nakajima, Kan Yonemori, Emi Noguchi, Kuniko Sunami, Kouya Shiraishi, Hiroki Kakishima, Hiroshi Yoshida, Tomoro Hishiki, Naonori Kawakubo, Takafumi Kuroda, Takako Kiyokawa, Kyosuke Yamada, Nozomu Yanaihara, Kazuaki Takahashi, Aikou Okamoto, Shinsuke Hirabayashi, Daisuke Hasegawa, Atsushi Manabe, Kentaro Ono, Masaki Matsuoka, Yasuhito Arai, Yosuke Togashi, Tatsuhiro Shibata, Hiroyoshi Nishikawa, Kazunori Aoki, Noboru Yamamoto, Takashi Kohno, Chitose Ogawa
DOI
10.1056/NEJMoa2030391
用語解説
*1 TOP-GEARプロジェクト
2013年より国立がん研究センター中央病院で実施されている「NCCオンコパネル検査」の有用性を調べる前向き臨床研究。このプロジェクトの成果により、「NCCオンコパネル検査」が2019年6月1日に保険適用された。
がんゲノム医療プロジェクト ”TOP-GEAR”|国立がん研究センター 中央病院
*2 ヒトパピローマウイルス
皮膚や粘膜の上皮細胞を介してヒトからヒトへ感染するウイルスで、接触により感染することが知られている。高リスク型と呼ばれるタイプのヒトパピローマウイルスは、子宮頸がん、腟がん、外陰がん、肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんなどの原因となる。特に子宮頸がんでは、患者の90%以上からヒトパピローマウイルスが検出され、主要な原因とされる。現在、子宮頸がんの予防のため、小学校6年生~高校1年生相当の女子を対象に、ヒトパピローマウイルスのワクチンの定期接種が可能である。
子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために|公益社団法人日本産科婦人科学会
*3 難治小児悪性固形腫瘍に対する医師主導治験
難治小児悪性固形腫瘍およびホジキンリンパ腫患者を対象としたニボルマブの医師主導第Ⅰ相試験(UMIN試験番号:UMIN000026497)
免疫チェックポイント阻害剤ニボルマブで国内初の小児がん対象治験を医師主導で開始(2017年5月10日国立がん研究センタープレスリリース)
*4 ニボルマブ
ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体で悪性黒色腫や非小細胞肺がん、胃がんなど、いくつかのがんの治療に保険診療として用いられている。がん細胞は細胞表面にPD-L1タンパク質を発現してリンパ球上のPD-1タンパク質と結合することで免疫細胞の攻撃を逃れている。ニボルマブはこのPD-1タンパク質とPD-L1タンパク質の結合を抑制し、免疫細胞によるがん細胞への攻撃を起こさせることで治療効果を発揮する。
本研究への支援
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
臨床ゲノム情報統合データベース整備事業
「ゲノム創薬・医療を指向した全国規模の進行固形がん、及び、遺伝性腫瘍臨床ゲノムデータストレージの構築(JP18kk0205004)」
革新的医療シーズ実用化研究事業
「がん遺伝子プロファイリング検査の実用化に向けた研究(JP19lk1403003)」
国立がん研究センター研究開発費
「小児がんに対する個別化医療導入に関する研究(31-A-12)」
「本邦の個別化がん医療に資するクリニカルシークエンスの体制整備に関する研究(30-A-6)」
「国立がん研究センターバイオバンク」
小野薬品工業株式会社
「難治小児悪性固形腫瘍およびホジキンリンパ腫患者を対象としたニボルマブの医師主導第I相試験(PENGUIN試験ID:UMIN000026497)」
「希少がんに対するニボルマブ単剤療法の医師主導治験(ROLL trial;JMA-IIA00345)」
本件に関するお問い合わせ先

発表者
国立研究開発法人国立がん研究センター
中央病院 小児腫瘍科 荒川歩、小川千登世
研究所 ゲノム生物学研究分野 河野隆志

機関窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

学校法人慈恵大学 法人事務局 経営企画部 広報課

学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院
法人事務局 広報室

国立研究開発法人国立成育医療研究センター
企画戦略局 広報企画室 村上

学校法人東邦大学 法人本部経営企画部

国立大学法人北海道大学 北海道大学病院
総務課広報・国際企画係

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
シーズ開発・研究基盤事業部 拠点研究事業課

医療・健康
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