植物の狙った一細胞で遺伝子発現を誘導できる技術を確立 ~植物でのオプトジェネティクスに新時代到来~

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2023-06-08 龍谷大学,基礎生物学研究所,宇都宮大学,横浜市立大学

【本件のポイント】

  • 友井拓実博士研究員(宇都宮大学イノベーション支援センター・工学部)、爲重才覚特任助教(横浜市立大学・木原生物学研究所)、亀井保博RMC教授(基礎生物学研究所超階層生物学センター)、別役重之准教授(龍谷大学農学部生命科学科)らを中心とした共同研究グループが、植物体の中の任意の一細胞で特定の遺伝子発現を誘導することができる技術を確立。
  • 狙った一細胞での遺伝子発現のON・OFFやゲノム編集なども可能になることが想定され、植物多細胞組織での細胞と細胞のやりとり(細胞間相互作用)を介したさまざまな生命活動のメカニズムをこれまでにない精細さで理解できるようになることや、この技術を用いた全く新しい研究手法の開発や品種改良につながる新たな研究技術の開発などが期待される。
  • 本成果は、6月5日付でFrontiers in Plant Scienceに発表された。

【本件の概要】
多細胞生物である植物や動物は、からだを構成するたくさんの細胞同士がオーケストラのように協調して働くことで生きています。受精卵から個体が形作られていく過程も細胞間の相互作用が必要であり、また、さまざまなストレス応答も同様です。一般に、生命の設計図である遺伝子一つ一つの機能は、その遺伝子が機能しない状態になった生物(機能欠損変異体)を調べることで理解されてきました。一方で、「無い状態」からその機能を予測するだけでなく、「ある状態」を調べなければわからないことも多々あるため、その遺伝子を全身で過剰に発現させるなどして、その影響を調べることも行われます。
多細胞生物の中で、どの細胞がどんな役割を果たしているのかは生物学の中では古くからある非常に大きな問いでした。これは現代生命科学で言えば、どの細胞で、どの遺伝子が、どんな役割を果たしているかということになります。遺伝学が発展しても、特定の遺伝子の全身的な欠損や過剰発現だけではこういった細胞間の相互作用はなかなかわからず、古くからキメラ*の作成などで各細胞の役割解明が試みられてきました。近年では、遺伝子組換え技術を用いて、特定の遺伝子をある特定の細胞種でのみ発現させたり、化学物質など特定の刺激に応じて局所的に発現させる技術が大きな役割を果たしてきましたが、それでも細胞種の制限や化学物質処理技術の限界などもあり、一細胞レベルで遺伝子発現を制御することは困難でした。近年、動物分野では、植物由来の光受容体を人為的に改変して動物細胞で発現させた上で特定の波長の光を一細胞などの局所に照射することにより、一細胞レベルで遺伝子発現をコントロールするオプトジェネティクス*が隆盛となっていますが、元々それら受容体を持つ植物では可視光を使ったオプトジェネティクス技術の利用は困難を極めていました(図1)。
一方、本共同研究グループの亀井らは、顕微鏡視野下で標的一細胞に赤外レーザーを照射することができるIR-LEGO(Infrared laser-evoked gene operator)装置を開発し、さまざまな動植物種において標的となる一細胞でヒートショックを誘導して熱応答性プロモーター制御下で目的の遺伝子発現を誘導する技術を確立していました。この技術は、動物はもちろん、植物での新たなオプトジェネティクス技術として期待されていましたが、植物特有の細胞壁を持った大きな細胞サイズなどの課題もあり、標準プロトコールのようなものもなく、誰もが使える状態ではありませんでした。また、植物分野で汎用されていた熱応答性プロモーター(HSP18.2プロモーター)が定常時にも一部の細胞で活性を持っていたために、特に、誘導して機能を調べようとしている遺伝子が成長や形態に悪影響を与えたり、細胞毒性を持っている場合など、非誘導時の望まない遺伝子発現が問題となる課題もありました(図1)。
植物の狙った一細胞で遺伝子発現を誘導できる技術を確立 ~植物でのオプトジェネティクスに新時代到来~

図1. 本研究の背景

このような中、本共同研究グループでは、1)従来よりも熱応答により特化した熱誘導性プロモーター領域(pHSP18.2v2)の発見、2)ステロイドホルモン受容体融合型CRE組換え酵素とloxP配列の利用、3)数多くの試行データからデータサイエンス的技法を用いての最適なレーザー出力値の予測、の3点を融合させることで、モデル植物であるシロイヌナズナでの再現性の高い標的一細胞遺伝子発現誘導プロトコールを確立しました(図2)。この手法をもとに、根の表皮細胞・皮層細胞・内皮細胞、葉の表皮細胞・葉肉細胞・孔辺細胞というさまざまな細胞種において、高い確率で狙った一細胞での遺伝子発現を誘導することに成功しました(図2)。本手法で用いた、ヒートショックとステロイドホルモンという二重ロック機構によるゲノム組換えシステムは、研究の妨げになっていた非誘導時の望まない遺伝子発現が検出限界以下であり、植物体の中の狙った一細胞でのさまざまな機能を持った遺伝子発現のON・OFF制御はもちろん、一細胞レベルでのゲノム編集などに応用されることが期待されます。また、実データからのデータサイエンスに基づく解析は、細胞サイズごとの適切なレーザー出力値も予測しており、大小さまざまなサイズバリエーションを持つ植物細胞を実験対象にする上での重要な指針も示しており、植物を用いたオプトジェネティクスの標準プロトコールとなるものです。以上のように、本成果は、植物分野ではまだ発展途上の技術であるオプトジェネティクスの重要なブレークスルーとなるものであると言えます。なお、本研究は以下に示す研究費(主要なものを抜粋)による成果です。
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図2. 本研究の成果

1.原著論文情報
標 題:Targeted single-cell gene induction by optimizing the dually regulated CRE/loxP system by a newly defined heat- shock promoter and the steroid hormone in Arabidopsis thaliana
著者名:Takumi Tomoi1,2,3†, Toshiaki Tameshige4,5†, Eriko Betsuyaku6, Saki Hamada7, Joe Sakamoto3,8, Naoyuki Uchida9,10, Keiko U Torii10,11, Kentaro K Shimizu4,12, Yosuke Tamada2,13,14, Hiroko Urawa15,16, Kiyotaka Okada16,17, Hiroo Fukuda7,18, Kiyoshi Tatematsu16,19, Yasuhiro Kamei3,14,19,20*, Shigeyuki Betsuyaku6*
1Center for Innovation Support, Institute for Social Innovation and Cooperation, Utsunomiya University, Utsunomiya, Japan, 2School of Engineering, Utsunomiya University, Utsunomiya, Japan, 3Laboratory for Biothermology, National Institute for Basic Biology, Okazaki, Japan, 4Kihara Institute for Biological Research (KIBR), Yokohama City University, Yokohama, Japan, 5Division of Biological Sciences, Graduate School of Science and Technology, Nara Institute of Science and Technology, Ikoma, Japan, 6Department of Life Science, Faculty of Agriculture, Ryukoku University, Otsu, Japan, 7Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan, 8Biophotonics Research Group, Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), Okazaki, Japan, 9Center for Gene Research, Nagoya University, Nagoya, Japan, 10Institute of Transformative Bio-Molecules (WPI-ITbM), Nagoya University, Nagoya, Japan, 11Department of Molecular Biosciences and Howard Hughes Medical Institute, The University of Texas at Austin, Austin, Texas, USA, 12Department of Evolutionary Biology and Environmental Studies, University of Zurich, Zürich, Switzerland, 13Center for Optical Research and Education (CORE), Utsunomiya University, Utsunomiya, Japan, 14Robotics, Engineering and Agriculture-technology Laboratory (REAL), Utsunomiya University, Utsunomiya, Japan, 15Faculty of Education, Gifu Shotoku Gakuen University, Gifu, Japan, 16Laboratory of Plant Organ Development, National Institute for Basic Biology, Okazaki, Japan, 17Ryukoku Extention Center Shiga, Ryukoku University, Otsu, Japan, 18Department of Bioscience and Biotechnology, Faculty of Bioenvironmental Sciences, Kyoto University of Advanced Science, Kyoto, Japan, 19The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), Okazaki, Japan, 20Optics and Imaging Facility, Trans-Scale Biology Center, National Institute for Basic Biology, Okazaki, Japan
†These authors contributed equally to this work and share first authorship
* Correspondence
掲載先:Frontiers in Plant Science 5 June 2023 Volume 14 – 2023
DOI:10.3389/fpls.2023.1171531

2.用語解説 
*キメラ
異種の細胞や同種で系統の異なる細胞が混ざった状態の体をもつ生物。接ぎ木も異なる植物を繋いでいる場合は一種のキメラと言える。
*オプトジェネティクス
光で細胞状態を変化させるような外来遺伝子を導入して発現させ、光によって細胞状態を操作する実験技術の総称。光遺伝学ともいう。可視光を利用して動物の神経細胞などを操作する技術を指す場合が多い。本研究では目に見えない赤外光を利用する技術開発を進めることで、オプトジェネティクス分野の発展に貢献することも目的の一つである。

3. 謝辞
主要な研究費リスト
[友井]研究活動スタート支援20K22572、[爲重]若手研究20K15807、 [亀井]挑戦的研究(開拓)17H06258 、基盤(B)20H02586、学術変革領域研究(A)20H05886、[別役]研究活動スタート支援22880008、若手(B)23780040、JSTさきがけ「細胞機能の構成的理解と制御」、JST ERATO(JPMJER1502)、学術変革領域研究(B) 23H03847、[亀井・別役]基礎生物学研究所「統合イメージング共同利用研究」(課題番号:18-506、 19-515、20-506)
また、本研究は基礎生物学研究所超階層生物学センターモデル生物研究支援室(植物)ならびにバイオイメージング解析室による支援を受けました。

4.問い合わせ先
(研究に関すること)
龍谷大学 准教授 別役重之
基礎生物学研究所 超階層生物学研究センター RMC教授 亀井保博

(報道に関すること)
龍谷大学 農学部教務課
基礎生物学研究所 広報室

細胞遺伝子工学
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