進化すると色素タンパク質が増える?〜珪藻の光化学系I-集光性色素タンパク質複合体の立体構造解明

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2020-05-18 岡山大学,筑波大学,理化学研究所,京都大学,兵庫県立大学,基礎生物学研究所,神戸大学

岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、加藤公児特任准教授、秋田総理准教授、沈建仁教授、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの宮崎直幸助教らの共同研究グループは、理化学研究所堂前直ユニットリーダー、京都大学伊福健太郎准教授、兵庫県立大学菓子野康浩准教授、基礎生物学研究所内山郁夫准教授、神戸大学秋本誠志准教授との共同研究により、クライオ電子顕微鏡を用いて、海産性珪藻の光化学系I-集光性色素タンパク質複合体の立体構造解析に成功しました。この結果から、光合成生物が多様な光環境に適応するために、集光性色素タンパク質の数や結合様式を調整することを明らかにしました。本研究成果は、日本時間5月18日(月)18:00(英国時間:18日10:00)、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。
本研究成果は、光合成生物がなぜ多様な色を持ち、生育の場所を拡大してきたのか?という問いに対する知見を与えるものです。色の多様性は光合成生物の生存戦略の一環です。生育の場所を拡大できたのは、珪藻が褐色を呈することで、水中を透過する限られた光エネルギーを効率よく利用しているからです。また、珪藻の光化学系Iタンパク質に結合する集光性色素タンパク質が比較的深い海中に生息する紅藻や陸上に生息する緑色植物と大きく異なることがわかりました。この成果は、光合成生物の集光性色素タンパク質の多様性を紐解く知見となり、なぜ光合成生物は見た目の色が異なるのか?という進化的な知見を提供するものです。

■発表内容
<現状>
光合成とは、太陽の光エネルギーを利用して水・二酸化炭素から炭水化物や酸素を合成する反応です。光化学系I・光化学系IIと呼ばれる膜タンパク質複合体が光合成反応の中心であり、光エネルギーを有用な化学エネルギーへと変換する役割を担います。光合成生物種は共通する光化学系タンパク質を有しています。一方で、光化学系タンパク質に結合し、光エネルギーを供給する集光性色素タンパク質は、極めて多様性に富んでいます。陸上に生息する植物や海中に生息する藻類など、光合成生物は多様な環境に適応しており、生存戦略の一環として、集光性色素タンパク質に結合した色素の種類やタンパク質の自体の組成を最適化していった結果です。つまり、光合成生物が多様な色を持つ理由は、集光性色素タンパク質にあるといえます。
珪藻や紅藻などの水域に存在する光合成生物は、陸上植物と異なる進化を遂げており、それぞれの生存環境に応じて異なる集光性色素タンパク質を持ちます。水中を透過する太陽光エネルギーは、青色から緑色の光であるため、陸上植物よりも限られた光エネルギー資源を確保するために多様性が生まれたと考えられています。淡水域、汽水域、海水域に広く分布する珪藻は、重要な一次生産生物です。紅藻を細胞内へ取り込んで進化した二次共生藻と考えられており、褐色を呈しています。その原因は集光性色素タンパク質であるフコキサンチン-クロロフィル a/c結合タンパク質(FCP)にあります。FCPは太陽光エネルギーの中の青色から緑色の光を吸収することに優れており、これは植物が持つ集光性色素タンパク質の吸収領域である赤色と青紫色と大きく異なります。
光化学系Iの周りに結合する集光性色素タンパク質は、その数や配置が紅藻・緑藻・陸上植物の間で異なります。しかし、珪藻の光化学系IにFCPがどのように結合し、光エネルギーの供給に寄与しているのか、その詳細は不明でした。珪藻のFCPと光化学系Iの分子集合および光エネルギー供給機構の仕組みを明らかにすることは珪藻の光捕集戦略の解明だけでなく、なぜ光合成生物が色の多様性を持つようになったのか?という進化的な疑問を解明するうえでもとても重要です。

<研究成果の内容>
長尾特任講師、加藤特任准教授、秋田准教授、沈教授、宮崎助教らの共同研究グループは、理化学研究所堂前直ユニットリーダー(質量分析を用いた集光性色素タンパク質の同定・定量)、京都大学伊福健太郎准教授(集光性色素タンパク質の遺伝子解析、分子系統解析)、兵庫県立大学菓子野康浩准教授(珪藻ゲノムデータの提供)、基礎生物学研究所内山郁夫准教授(ゲノム解析支援)、神戸大学秋本誠志准教授(分光学的解析による構造の解釈)との共同研究により、珪藻から光化学系I-FCP複合体を精製し、クライオ電子顕微鏡により2.4 Å(1 Åは1 mmの1千万分の1の長さ)の解像度を持つ立体構造を解明しました。光化学系I当たり、16個のFCPが光化学系Iを取り囲むように結合しており、多数の色素分子が配置していることがわかりました(下図)。これは、これまでに報告されている光化学系I-集光性色素タンパク質複合体の中で最大のものです。珪藻は紅藻由来の葉緑体をもつと言われています。紅藻の光化学系Iには5個の集光性色素タンパク質が結合するため、珪藻は進化の過程で更に11個もの集光性色素タンパク質を追加で光化学系Iに結合させることがわかりました。また、陸上植物や緑藻の集光性色素タンパク質の光化学系Iに対する結合様式とも異なることもわかりました。光合成生物は進化の過程において、色素成分のみならず、タンパク質の結合や配置も変化させてきたことが示されました。

<社会的な意義>
太陽光を利用したクリーンエネルギーの活用は、エネルギー問題や環境問題の解決につながる、非常に重要な事柄です。光化学系I-FCP複合体は、植物とは異なる太陽光エネルギーの成分を効率よく吸収・利用しています。今回、我々が解明した構造は、太陽光エネルギーの成分を利用した電気エネルギーへの変換に必要な分子配置の設計に指針を提供することが期待されます。将来的には、得られた構造やこれまで解析された他の光合成装置の構造の知見を利用することで、太陽光エネルギーの成分の選択的利用に基づいたエネルギー利用デバイスの創出が期待されます。
進化すると色素タンパク質が増える?〜珪藻の光化学系I-集光性色素タンパク質複合体の立体構造解明
. 珪藻の光化学系I-FCP複合体の全体構造(A)と色素分子の配置(B)。(A)黄色は光化学系I、桃色はFCP。(B)珪藻の光化学系I-FCP複合体中の色素分子の配置。緑色はクロロフィル、黄色・橙色はカロテノイド。

■論文情報
論文名:“Structural basis for assembly and function of a diatom photosystem I-light harvesting supercomplex”
「珪藻光化学系I-FCPの分子集合と機能に関する構造基盤」
掲載誌:Nature Communications
著者:Ryo Nagao, Koji Kato, Kentaro Ifuku, Takehiro Suzuki, Minoru Kumazawa, Ikuo Uchiyama, Yasuhiro Kashino, Naoshi Dohmae, Seiji Akimoto, Jian-Ren Shen, Naoyuki Miyazaki and Fusamichi Akita
DOI:10.1038/s41467-020-16324-3.

■研究資金
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究C」(課題番号:JP17K0744)、「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP19H04726、JP17H06433、JP16H06553)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)(課題番号:JPMJPR16P1)、JST先端的低炭素化技術開発(ALCA)(課題番号:JPMJAL1105)、大阪市立大学人工光合成研究センターにおける共同利用・共同研究、基礎生物学研究所共同利用研究(課題番号:19-455)の支援を受け実施しました。

■補足・用語説明
注1:クライオ電子顕微鏡
液体窒素温度でタンパク質粒子を観察する電子顕微鏡のことです。サンプルへの電子線ダメージを軽減するために液体窒素温度での測定を行います。多数のタンパク質粒子の形状を計測して平均化することで、当該タンパク質の立体構造を解析します。2017年にはノーベル化学賞を受賞した技術です。
注2:集光性色素タンパク質
クロロフィルやカロテノイドなどの色素を結合した、太陽光エネルギーを集める役割を持つタンパク質です。光合成生物の種類に応じて異なる集光性色素タンパク質が存在します。本報告で明らかにした、フコキサンチン-クロロフィル a/c結合タンパク質(FCP)は珪藻や褐藻に特有であり、その名の通りクロロフィルa、クロロフィルc、フコキサンチンを結合しています。

<お問い合わせ>
岡山大学 異分野基礎科学研究所
特任講師 長尾 遼 (ながお りょう)
同上
准教授 秋田 総理(あきた ふさみち)

有機化学・薬学生物化学工学
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